にゃんカフェ平蔵。(九) | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

にゃんカフェ平蔵。終話(上)ハマのチコ

今日から三日間、シンディがいない。里帰りというほ
どのものでもなかったが、故郷の高岡を離れてから会
えてなかった友だちたちと遊んでくるということだ。
妹分のエレンができて店を任せられる。平蔵だけでは
心もとない。シンディは母性の強い人(もとい)猫だ

った。

そのエレン。あれから間もなく、銀ジイ、タマの老夫
婦と一緒に暮らしはじめ、夢に見た家族との時間が持
てるようになって、ますます彼女のポジが際立った。
エレンは平蔵よりも早く店に出て、期待に応えようと
一生懸命。健気で、じつによくできた猫娘であった。

思えば、最初は平蔵と高岡シンディとの出会い。次が
氷見おハナ。おハナは黒部十兵衛と出会って所帯を持
った。そしてその次、家出した白川ルナを追って白川
ジョニーが現れ、この二人も(もとい)二匹もカップ
ル成立。さらにその次、金沢ミランと黒部ボンドのな
れそめへ。
それらのどれもが、にゃんカフェ平蔵がなかったら無
縁のそれぞれ。エレンが来てから噂がひろがり、若い
雄猫どもがせっせと通う。平蔵はちょっと可笑しくな
った。カフェから生まれる縁とは面白いものだと思う
のだ。

「さて、そろそろ開けるか」
「あ、はーい」
店の入り口、板壁の破れに板切れを立てかけたシャッ
ターを開けようとした、まさにそのとき、待ってまし
たとばかりに若い牝猫が入ってきた。
全身真っ白で目の色が淡いブルー。尻尾が長い。体毛
が短いところからもシャム猫と日本猫の混血ではない
かと思われた。猫の世界では絶世の美女。歳の頃なら、
人間で言うと女子大生ぐらいか。
雄猫どもに見られたら店の前に長蛇の列ができるだろ
うと思うと、平蔵はますます可笑しい。

「さっそくどーもだね、いらっしゃい」
「あ、うん、どーもー」

声が明るく言葉が軽い。人見知り(もとい)猫見知り
しないタイプ・・と言うより、人慣れした(もとい)
猫慣れした、ちょっとスレた感じかも。身のこなしは
優雅で、すすっと歩んで、そっと座る。それが自意識
の高さを物語る。ここらの育ちではないだろうと平蔵
は直感した。

「評判のお店だって聞いたから覗いてみたの。あたし
横浜チコって言うのよ。みんなはハマのチコって呼ぶ
けどね。どうぞよろぴく」
横浜と聞いて、エレンは眩しそうにチコを見つめた。
いかにも都会の猫といった洗練されたイメージ。田舎
育ちで、まして野良。そんなエレンにとっては遠い存
在のように思えたのかも知れなかった。
平蔵がちょっと首を傾げて言った。
「横浜から歩きで?」
「ううん、まさかよね、違うわよ。飼い主のクルマで
軽井沢まで来たんだけど、バックレた」
「バックレた?」
「そよ。ハマの家って高層マンションなんだけど階段
で30階なんて、もうヤだわ。狭い部屋でうろうろす
るのもまっぴらごめん。それでバックレ、なんとなく
こっちに来て、そしたらここのことを噂で聞いた。物
好きな世田谷猫がやってる店だって」

などと、うそぶきながら、チコは店内を見渡して、う

ぷぷと笑う。
「すんげボロじゃん。あははは。だけど好きよ、こー
いうの。都会なんてカッコだけ。マスターって、マジ
世田谷猫よね?」
「うむ、まあマジだが」
「だったらわかるっしょ、猫は自然界に生きるもの。
犬じゃないんだから。それにあたし・・」
チコはちょっと考えるそぶりをし、鼻で笑って言った。
「ハマ生まれなんだけどサ、あたしの親の飼い主がと
んちきポンタで、血統書付きの牝のシャムを飼ってお
きながら、日本の三毛猫をもらってきちゃった。それ
がパパよ。シャムのママがプレミアゼロの娘を産んだ
ってことで、捨て猫同然にいまの飼い主にもらわれて
きたってわけ。んでんで、もろもろ省略で、いまのあ
たしがいるってこと。もういい、好き勝手にハネてや
るって思ってさ、バックレるチャンスを狙ってた」

立て板に水の滑舌。エレンはあっけにとられていた。
これだけ痛快に喋れれば、さぞ楽だろうと思えてしま
う。
すると、平蔵。
「ところで何にする?」
「おや、いけね、忘れてた。くくくっ。またたびパフ
ェもらおうかな。酔っちゃいたい気分なの。血統書う
んぬんで人格(もとい)猫格なんて決まんないわよ、
そうでしょマスター」
「まあな。それを言うなら俺なんぞ駄犬ならぬ駄猫の
血統。文句あっかって感じかな」

平蔵はジョークのつもり。ぺちゃくちゃとよく喋るチ
コのなのだが、このとき平蔵は、チコの中にたぶんあ
る微妙な闇を感じていた。
チコは笑って言うのだが・・。
「よく喋る女だと思ってるでしょ? 自信もないくせ
にイキがってとか、そんなふうに思ってなあい? あ
ははは、わかるのよ、実際そうなんだからしかたない
けど。うははは」

明るく喋っていたかと思うと、急に静かになって声が
沈む。
「あのねマスター、聞いてくれる?」
平蔵の三角アンテナ耳がチコに向き、手元を見てパフ
ェをつくりながら目を合わさず聞き耳ピーン。
このタイプはデンジャラス。感情の浮き沈みが激し過
ぎ、下手こくと突然キレるか大泣きするか、何をしで
かすか知れやしない。ヒステリー性格もしくは屈折ウ
ーマンのたぐいかも。
チコは暗い声で言った。
「あたしの価値って何だろね? シャムにもなれない、
日本猫とも違う、どっちの価値もあたしにはない。都
会を嫌っても田舎で生きる器量なんてありゃしない。
どうすりゃいいのよって感じなんだよ。ンま、どうせ
面倒な女が来やがったぐらいに思ってるんだろうけど
サ。あははは!」
笑い声だけが明るい、そんな口調。

そしてチコ。いまさらエレンの存在に気づいたように
言う。
「あ、で、こちらがシンディさんよね? ずいぶん若
い奥さんだこと」
エレンはパニクってジタバタもがき、頬を真っ赤にし
てうつむいた。エレンもじつは平蔵にホの字なのか?
「エレンだよ、シンディじゃない。パートで働いても
らってる」
「あらそ? どうりで若いと思ったわ。奥さんの留守
をいいことに・・ってなことにならないといいけどね。
この子って可愛いし。きゃははは」
エレンはレンタル猫状態。平蔵は猫の手の爪先で額を
掻きながら苦笑した。

チコはキレる。頭がいい。そして切れすぎる刃物は脆
いもの。まさにそういうタイプだろうと平蔵は考えた。
男女を問わず才能というものは、一つ多いと苦労する。
友だち欲しさに突っ込みすぎて嫌われる。往々にして
都会に多いタイプであり、突如としておかしな行動に
出たりするのも、このタイプ。
加えてまた、またたびパフェの酔いがまわりだしてい
て、目が据わってきてる感じもするし。

平蔵は言った。
「正直ちょっと困ってる」
「あらら、何がだよ?」
「明日また来てくれるお客さんにするにはどうしたら
いいものかと思ってね」
チコはきょとん。そしてケタケタ笑った。
「なもん出入禁止にしちゃえばいいじゃん。あたしな
らそうするけどねぇ、ウィィ、ヒック。(酔ってるわ
けだ=作者) 面倒でたまらんしょ? どこ行っても
面倒がられるあたしだもん。うははは」

「ちぇっ、ヨッパライめ・・まあいい、またたびいっ
ぱい仕入れたから好きなだけ喰え」
チコはべろべろ。都会のセルフカフェでは、またたび
パフェなんつーもんにはお目にかかれない。はじめて
だから酔いも早い。
「このあたしがお客さん? 田舎のオンボロカフェの
常連になっちゃうわけ? あははは、こりゃたまらん。
あのねマスター」
「お?」
「バカか、あんた? 追い出しちまえばしまいじゃん」
「嫌だね、追い出さない」
「え・・?」
「うだうだ言ってないで、またたびパフェ、もういっ
ちょいくか?」
目で笑って見つめる平蔵。
その視線を逆追いし一度はまともに見つめたチコだっ
たが、そのうち視線がどんどん上目使いになっていく。

このときエレンは微笑んでうつむいていた。平蔵とは
そういう男(もとい)猫。この平蔵にかかったらチコ
に勝ち目はないとふんでいた。

平蔵は言った。
「ここの寺の床下なんだが、もっか空き家よ。ちょい
と前までジョニーとルナって若夫婦がいたんだが、人
口減少を(もとい)ニャン口減少を問題視する富山県
全ニャン住宅公団がはじめたニャン営住宅の第一回抽
選に当たって出て行った。歩きづめで疲れてるだろ。
ちっとは寝て、後でまた」

と言ってるそばからエレン目当ての雄猫たちがぞろぞ
ろ集合。またしても新顔の美女をめっけて、あーだこ
ーだとカラ騒ぎ。
平蔵、怒鳴る。
「はいはいシャラップ、うっせえワ!」
で平蔵、チコに言う。
「もう子猫じゃねえんだ、てめえの価値ぐらい、てめ
えで決めろ、甘ったれるな。一つ言っとく」
チコどきりで、毛が逆立つ。
「な、何サ?」
「一寝入りして、また来いや。きっとだぞ」

「・・ありがと」

チコはふらふら千鳥猫足。はじめてのまたたびに脚の

呂律がまわっていない。見かねたエレンが肩を貸した。
外に出てチコは言い、夜空に浮かぶ満月をちょっと見

た。
「よく言うよね、甘ったれるなだってサ。何様のつも
りなんだろ・・ふふふ、でも参ったなぁ」
「あのねチコさん、マスターだって悪気があって言っ
てるわけじゃ・・」と、エレンが言いかけると。
「わかってる! いまは寝かせて。ふふふ、あたし嬉
しいかも・・」

エレンは肩を貸しながら、太く短い猫腕でチコをきゅ
っと抱いてやった。