にゃんカフェ平蔵。終話(下) | 潤 文章です、ハイ。

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俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

にゃんカフェ平蔵。終話(下)陰それぞれ

その夜のチコは、この寺の床下で眠ったはずだった。
けれど翌日、チコは消えた。顔を見るでもなく、言い

残すでもなく、消えてしまった。
ところがエレンは確信を持って言う。
「きっと何か想いがあるのよ。戻ってくるよ、そのう

ちきっと」
エレンとチコ、若い猫娘同士、心情的に相通じるもの
があるのかも知れないと平蔵は感じるのだったが。

そして三日目の夕刻、開店時間に合わせるようにシン
ディが戻って来た。今夜も月夜。高岡からなら猫の脚
でそう時間はかからない。

シンディは、ひときわすっきりした面色で、それはき
っぱり過去を断ってきたと言わんばかり。
店に入ると、初対面だったあのときのように客のつも
りで卓袱台のカウンターに腰掛けた。
シンディは夢見るようにスリット目を細めて言った。
「こうしてると、なんだか懐かしいわ」
「そうか?」
「だってそうでしょ、ここからはじまったんだもん」
「うむ、なるほど。で、楽しめたか?」
「うん楽しめた。みんな羨ましがってたわ。世田谷猫
の旦那さんなんて、うっそーって感じじゃない。その
うち訪ねてくると思うけど」

それからシンディは、顔を見て嬉しそうに尻尾を振る
エレンに横目でうなずきながら言うのだった。
「元カレに会って来た」
エレンはどきりとした。平蔵にぞっこんなはずなのに、
それを平然と言えるものか? 多感期のエレンには信
じられない言葉であった。ハラハラして平蔵を横目に
見たエレン。
けれど平蔵は微笑むだけ。
「そうかそうか、ひさしぶりなんだろ?」
「うん、ひさしぶり。元はと言えば彼と離れたくて高

岡を出たんだもん」

笑っていながらシンディはわずかながら探る目色。平
蔵は小さな人じゃない(もとい)猫じゃないとわかっ
ていて、ちょっと意地悪してみたい。
平蔵は微笑んでうなずくだけ。シンディも微笑んだ。
「お茶しただけよ。お茶して、きっぱり・・」と言い
かけたとき、今夜も飽きずに常連ぞろぞろ五匹様。エ

レンが来てから若い連中が増えている。
平蔵は言った。
「はいはいママさん、職場復帰ということで」
「はーい、うふふ」
シンディは明るく笑いながら眉を上げてエレンにウイ
ンク。『なんだよ、この駆け引きは?』と思いつつエ
レンは胸を撫で下ろす。

若い客は店を見回す。
「あれ、チコちゃんは?」
『誰よソレ?』と言わんばかりにシンディが平蔵を見
たとき、店の入り口にチコ。エレンは『ほらね』とで
も言いたげに、ちょっと笑ってマスターの顔を見た。
「やっほー」
「おぅ、戻ったか」
「戻ったぜぃ。てか、あっちこっち富山を見て来た。
これから暮らすことになりそうな街だから」
シンディはちょっと胸騒ぎ。チコは猫世界で絶世の美
女。そして若い。
女同士、チコはそんなシンディの思いを察していなが
ら何食わぬ顔で言う。
「シンディさんに会いたかったんだ。マスターの奥さ
んてどんな人なのか(もとい)どんな猫なのか。あた
しじゃ勝てない相手なのか。ふふふ、なんてね、ウソ
ぴょん」
シンディはちょっと苦笑。
チコは言った。
「あたしハマのチコ。横浜生まれなんだ。とんちきポ
ンタの飼い主のドジでシャムのママが産んだ日本猫と
の混血。夕べまで世を拗ねてた。マスターに出会うま
で。よろしくね、ママさん」

「あ、うん、こちらこそよ」
シンディは深掘りせずにチラと平蔵を横に見て、そし
て言った。
「あたしもそうだったから何となくわかる気がする。
憎い人よ(もとい)憎い猫よ、マスターって」
そんな会話を常連たちは黙って聞いて、シンディとチ
コ、そしてエレンを交互に見ている。平蔵ごときオッ
サンがどーしてこうもモテるのか!(怒)てな感じか。

チコは言った。
「マスター、それにママさん、エレンちゃんも、あた
しも働く、ここで。いいでしょマスター? こう見え
たって料理は得意よ」
平蔵はシンディに横目でウインク。そして言った。
「ママに言うんだな」
シンディとエレンは顔を見合わせ、互いに首を傾げ合
って微笑んだ。

さてそうなると、事の推移が気が気でない常連客たち。
皆が一斉にシンディを見つめている。
シンディが言った。
「はいはい、あたしがどうこう言う話じゃないみたい
よ。お客さんたち見てればわかるって。ダメって言っ
たら、どいつもこいつも暴れだしそ」
若い客たち、やんやの喝采。
チコは言う。
「じゃあ、いいのね? さすがだわ、ママさんて」
すると楽しそうにエレンが言った。
「不思議な人よね(もとい)不思議な猫よね、マスタ
ーって。たいしてイケメンでもないのにサ」
「あはは、そりゃ言える、あははは!」
チコが大笑い。シンディが笑い、エレンとチコが丸っ
こい猫手を重ねて握手している。

「またたびパフェで、ぱぁっとやるかぁ!」
平蔵が言い放ち、単細胞な客たち、やんや。
新入りチコがエレンと並んで厨房に立っていた。

裏口から外に出た平蔵、そしてシンディ。
シンディは平蔵の太短い腕に、太短い腕をからませて
ぴとっと寄り添い、そして言った。

「お目当てが増えたんじゃ忙しくなるね」
「まったくだ、やってらんね」

「てめえの価値はてめえで決めろって言ったんだって。
甘ったれるな、とも」
「エレンが言ったか」
「そよ」
「ったく、お喋り娘が・・」
「平蔵の言葉って響くのよ」
平蔵はちょっと鼻で笑った。

「俺自身よく言うよって思うけどね」
「え?」
「若かった頃の俺に言ってやりたいことばっか。それ
ができたなら、ちっとは人生(もとい)猫生も違った
かな・・ってな」

ああ、たまらない・・シンディは平蔵の腕をたどって
胸に抱かれ、鼻の頭をペロと舐めた。

(それが猫キスだと思うんだが=作者)



とりあえず、ここらでおしまい。うんうん。