にゃんカフェ平蔵 嘆きのおハナ
その日の深夜、にゃんカフェ平蔵に猛者来店。見る
からに筋骨隆々。グレーと黒の虎猫で、いまどき角
刈りヘヤーのゴツい奴。しかし彼は穏やかで、カウ
ンターに大きな図体投げ出して寝そべっていたのだ
った。
平蔵のことがお気に入りのシンディが、女友だちを
（もとい）牝猫友だちを連れてやってきたのはそん
なとき。いつものようにカルくニャン声をかけようと
したのだが、角刈りヘヤーのゴツい奴を一目見る
と、そこは牝猫、借りてきた猫みたいになっちまう。
牝猫友だちは真っ赤な蚤取り首輪をされていた。
平蔵はちょっと笑ってうなずくそぶり。大丈夫だから
こっちにおいでと女二人を（もとい）牝猫二匹をカウ
ンターへと手招きした。
「怖がることはねえよ、こちら黒部生まれの十兵衛
さんだ。柳生流猫パンチ空手の師範でね。正義の
味方というやつさ」
十兵衛は前足で鼻の頭を掻きながら苦笑い。猫な
のに猿みたいな顔してる。
それでちょっとは安心したのか、シンディと牝猫友
だちが並んで座った。
シンディが言った。
「いまそこで出会ったばかりの子なんだけどね、この
人（もとい）この猫、氷見おハナって言うんだけど、
歩道橋の上でぼんやり車道を見つめてて、もうヤだ、
死にたいって言うんだよ」
平蔵はチラとおハナを見て、アンテナみたいな三角
聞き耳を向けるのだった。
おハナは言った。
「あたし飼い猫なんですけど、飼い主は、それはいい
人で可愛がってくれるんだけど、束縛がキツくて自由
がないの。猫っ可愛がりでベタベタされるし、外に出
ようとすると、どこ行く、何時に帰る、雄猫とは付き合
うなと、うるさくてヤんなっちゃう。このままじゃ恋愛だ
ってできやしない。それにあたしの名前ってダサイで
しょ。いまどき『お花』よ。高岡シンディなんてカッコい
いじゃん。羨ましくてならないの」
すると平蔵。
「なるほどね。気持ちはわかるがおハナちゃん、名な
んて気にするな。俺なんか東京猫だが平蔵だぞ。俺
は武士かよ。センスのない飼い主を持った猫の悲劇
さ」
すると十兵衛。
「言えるぜ、俺もそうさな。好きこのんで十兵衛を名乗
るわけじゃねえ。柳生新陰流の道場に生まれたもん
で、しゃーないわけだよ」
するとシンディ。
「それより首輪よ。あたしたち犬じゃないのよ。猫は
群れない、独立独歩、誇り高き生き物よ。おハナちゃ
ん美人だし首輪なんて似合わないもん」
すると平蔵。
「まあ、そればっかりは猫の手じゃ外せねえ。噛み切
れないよう強いゴムでできてやがる」
すると十兵衛。
「おい、おハナとか」
「は、はい？」
おハナはちょっと怖い。猿みたいなマッチョ猫をはじ
めて見る。視線が怖くて毛が逆立っている。
「猫パンチ空手を教えてやるぜ。首輪はいずれ取り替
えるときがくる。チャンスはそんとき。猫パンチ空手の
連打でひるませて、身を翻して脱走するがいい」
おハナは一瞬、縦スリット目を丸ぁるくするが、すぐま
たしょんぼり。
「家出したって行くとこないし」
するとシンディ。
「この子はお姫様なのよ。生まれてこのかた世間を知
らない。キャットフードしか喰ったことない。雄猫なんて
怖いだけ。あたしだって猿みたいな猫なんてはじめて
なんだし怖くてたまらん」
すると十兵衛、大笑いで平蔵と目を合わせ、そして言
った。
「おい、おハナ」
「は、は、はい？」
おハナどきどき。呼び捨てにされたこともない。
「行くとこないなら俺ん家へ来りゃあいい。ネズミの捕
り方ぐらい教えてやるし、俺は独身。女は（もとい）牝
猫は度胸よ。覚悟を決めて俺について来いや」
突如芽生えたホラーな恋愛。内心ゴロにゃんなおハ
ナである。
しかしそのとき、風体のよろしくない不良猫の三匹連
れが店に乱入。
「インスタで見たぜ、猫専用カフェだってな。俺らカフ
ェめぐりが趣味でよ。プリン好きだし、たっぷりサービ
スしてくんな」
すると連れの一匹が。
「ヒュゥ、美女猫のお二人さん（もとい）お二匹さん。
俺たちと遊ばない？」
あろうことかおハナの手を握って引っ張る雄猫。する
と寝そべっていた十兵衛がすくっと立って、一度背伸
び。ついでにアクビ。首を回してバキバキ鳴らした。
いかん、喧嘩になる。
このままではマズイと察した平蔵マスター。卓袱台の
カウンターを軽々飛び越え、割って入る。
「おい三匹、とっとと失せな。火付盗賊改め方、鬼の
平蔵とは俺のことよ。外に出ろ、べらんめい！」
（平蔵とは武士だったのか）
三匹＋平蔵で店を出て行き・・。
「ナァオオーッ！ フゥゥ！ バシッ！ ボコッ！
ベシッ！ アチョォォーッ！」
と、猫パンチ猫キックの連打！
「ふぎゃぁぁーっ！ 覚えてやがれぇーっ！」
ものの五秒。涼しい顔して戻った平蔵。
十兵衛が半分ふてくされたドロン目で言った。
「なんでそーなる？ だったら俺がやっても一緒やろ。
おハナにいいとこ見せてやろうと思ったんだが、おい
しいとこさらいやがって。あっはっは」
意外や意外、平蔵強し！
それでなくても平蔵がお気に入りのシンディ。頬を赤
らめ、ぽっ。
十兵衛＆おハナ
平蔵＆シンディ。
二組のカップルが生まれた夜であった。
（あのね、コレ読まないほうがいいと思うよ・・作者）