にゃんカフェ平蔵。(一) | 潤 文章です、ハイ。

潤 文章です、ハイ。

俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

にゃんカフェ平蔵  啼けないレディ

人呼んで(もとい)、猫呼んで、にゃんカフェ平蔵。

富山のちょいと街外れ。古寺のオンボロ納屋の板壁
に猫爪で引っ掻いた店の看板。板が腐った破れ穴が
店への入り口。猫による猫のための専用カフェだ。
いまではもう使われない丸ぁるい卓袱台が、つまりは
カウンター。
納屋がボロクソ、すーすー風が吹き抜けて、夏の夜
にはひんやり涼し。
そんでそのマスターたるや。東京は世田谷猫で名は
平蔵。いまさらできた北陸新幹線の線路をスタコラ
歩いて富山に住み着き、カフェをはじめた奇人変人
(もとい)奇猫変猫。

さて今日も夕刻前にお客あり。勤め帰りの美女な三
毛猫。毛並みが良くてお上品だが、どうにも元気が
ありゃしない。とぼとぼ歩いて、すとんと座り、ちょっ

とため息、ついでにアクビ。人見知り(もとい)猫見知

りするらしく、ニャンとも啼かない。

オーダーしたのはブレンドコーヒー。
平蔵が言った。
「どしたい? ずいぶんブルーな顔してよ?」
ちょっと笑うだけで返事もしない美女猫ちゃん。
『ははぁ、こいつぁどうやらお悩みモード』と察した

平蔵、苦味ベースで濃いめのコーヒーこしらえる。
「できたよ。ニボシはサービスしとくから」
ソーサには炙ったニボシが二匹のっかり、生臭い。

カップを口に(もとい)カップに猫舌突っ込んでぺろり

と舐めて、ふと見ると、カウンターの壁に貼っつけた

営業許可証。名前のところに『世田谷平蔵』
猫族に苗字はない。出生地が苗字代わりで名が平蔵
というわけだ。

美女猫がチラとマスターに目を流し、小声で言った。
「世田谷平蔵か・・噂どおりね。なぜどうしてこんな

田舎に?」
すると平蔵、猫ヒゲ震わせ、にやりと笑った。
「よく言われるんだがね、どこにいたって俺は俺さ。
ところでYouのお名前プリーズ」
「高岡生まれで名はシンディ」
「ほほう、高岡シンディかい。いかにも美女猫らしい、

いい名じゃねえか。あのなシンディ、都会のいいとこ

ろと田舎を比べたがるのが富山猫の悪いクセ。勝手

にひがんじゃいけねえな」

そしたら、シンディいわく。
「だっても、違いすぎるよ何もかも」
「そう思うなら行きゃあいい。一度きりの人生(もとい)

猫生じゃねえか。東京が合うならそれでよし。合わぬ

なら戻ってくればいいだけで」
「スカイツリー、ディズニーランド、渋谷に新宿、銀座も

あるし、あこがれちゃう」
平蔵マスター、丸い手先に爪一本ピンと立て、チッチッ

チッと舌鳴らした。
「スカイツリー、634メートル」
シンディ、にやり。
「立山連峰、剱岳2999メートル」
「ほれみろ、勝ってる。東京人の猿知恵じゃ、その程度

でいっぱいいっぱい。あとはそうさな、江戸前寿司なん

てのもあるにはあるが」
「マス寿司にブリ寿司なんて有名よ。だいたい江戸前な

んて言ってるけどさ、東京湾の魚なんか喰えたもんじゃ

ないでしょう」
「そりゃ言える。富山の魚は最高だ」
「そ、そ、マジ最高。そこらに落ちてる骨でもウマイ」

しかしシンディ、目力弱く、ちょっとため息。
「それはそうでも人間関係が(もとい)猫関係が濃すぎ

ちゃって生きにくいんだ。年寄り猫の噂好きも困った

もんだし」
「薄めろ薄めろ。いまはもう富山猫の富山じゃねえよ。

ウチのお客にゃ、大阪猫に京都猫、名古屋猫、滋賀

猫に岐阜の猫、それから金沢猫などわんさかいるぜ。

インスタで知られちまってな。それになシンディ。にゃ

んカフェ平蔵、店ん中は東京よ。猫族戸籍の決まり

に従い世田谷平蔵。この名だけは変えられねえ」

シンディは縦目スリット大きく開いて笑いつつ、サービ

スでついてきたニボシも喰って、顔を洗い、なんだか

ちょっと元気復活。オンボロ店内見渡して、言う。
「ずいぶんボロい東京だけど気に入ったわ。また来る

から、よろしくね」
立ち上がって背を向けたシンディに追っかけ言葉。
「こらシンディ、なんでぃ尻尾垂らして情けねえ。尻尾

はピン立ち、美女を誇って堂々と啼けばいい」
振り向いたシンディは、ウインクしながら明るく笑った。
「だよね、落ち込んでたって腐るだけ。啼けない猫は

猫じゃない。セクシーボイスで雄猫どもを手玉に取っ

てやろうかしら」
「そうそう、その意気、いい子だシンディ。尻尾を振り

上げ、ニャオゥだぜ」

「ニャオゥ! ナァァオオーッ! フゥゥーッ!」

元気をもらい、いきなりサカリづいたシンディだった。