くノ一 早月(終話 上) | 潤 文章です、ハイ。

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俺のペンネーム。ジュン・フミアキである。

くノ一 早月 (終話 上) 鬼畜、死すとき

朝、森が白む頃に狩りに出た謙吉が、大物ではないもの

の猪を射止め、重そうに引きずって森から顔を覗かせた

のは昼少し前になってからだった。

保護した子らの親たちが迎えに来ていた。子らが暮らし

た松崎村とは、十二軒ほどの農家がかたまる山間の集

落で、子らを含めて総勢四十余名、段畑を営みながら

山菜なども採っている人々の集まりだった。
賊に襲われ、男たちは戦ったのだが、男の半数は殺され、

二人いた若い娘と、子供の小さな若い母親数名は連れ

去られ、逃げ延びることができたのは半数ほどだと言う。

しかし運のいいことに勘太ら四人のうちの三人は二親と

もに生きていた。手遅れで死んだ子の親は来ておらず、

行方もわからないという。
親たちにこの場を知らせたのは甲賀衆であっただろう。
もともと方々に散っていて異変には目を光らせている。
一人残される勘太を村の者たちは連れ帰ろうとしたのだ

が、勘太は残ると言い張ってきかない。二親ともに亡くし

ていたとしたら、二度ともう部落には戻りたくないだろう。
唇を真一文字に結んで涙も見せず仲間を見送る姿に、
早月は、すでに親がないとするなら、この子を我が子と

して育てようと決意していた。
香月、早月、お里、幼い勘太、そしてしばらくの間は謙

吉をも加え、五人で暮らすことになる。

夏は陽が長い。夕餉を終えてしばらくは一休み。さて後

片付けにかかろうとしたとき、香月一人が境内に立ち、

暮れゆく森を見ていた。剣など持たない丸腰だ。
迷彩柄の忍び装束の甲賀の男が二人。わざと気配を

消さず、香月を森の中へと手招きした。
香月は問うた。
「何かわかったようだな?」
「いかにも。賊の人数はおよそ四十」
「ふむ、多いな」
「無頼の者どもが加わって、その数は日に日に増えて
おりまする」
「なるほど。それで根城は?」
「そんなものはありませぬ。流れの者どもゆえ、その日

その日でねぐらが違う。旅籠に散ったり野宿であったり」
「そうか。それで居場所は?」
「いまは、この先の下田あたり。こちらに向かっており、

まずは二日のうちには近くを通るかと。街道筋ではなく、

さらに山奥かと思われますが」
「馬は?」
「乗るのは頭のみ。五十年配の男で、ほかは皆若い」

忍びのもう一人が言った。
「かどわかした娘ら、それに若い女どもは、下田の外れ

にある旅籠、『海風』に売り飛ばしたもようで」
香月はちっと舌を鳴らせた。忍びは言った。
「かねてより海風には張り番を置いており、旅籠とは名

ばかりの女郎屋であること、さらには船を用いて若い娘

らを方々に売り飛ばしておることはつかんでおり」
「なのに見て見ぬふりか?」
「我らの役目はそこではござらん。海風は武器の取り引

きなどもしており」
「なるほどね、鉄砲というわけか?」
「いかにもさよう。ほかには火薬も」
「黒幕の正体をつかむまでは動けんということだな?」
忍び二人はうなずいた。
「したがって香月殿」
「海風には手を出すなか?」
「いかにも。我らの探りが水の泡となり申す」

「嫌だね!」

姿の見えない香月を追って早月が背後に。忍び二人は
顔を見合わせた。早月は言った。
「御前様に伝えておくれ。娘らを救うのが先決。黒幕など

下手に暴こうものなら騒乱必至と。それとひとつ、あたし

はもはや鬼。そう伝えてくれないかい」
忍び二人は早月の気迫に気圧されて何も言えず、森の

奥へと消え去った。

香月は言った。
「二日のうちには賊どもがこの近くを通るらしい。まずは

そこから。その数およそ四十」
「四十・・そんなに」
早月の目がギラリと光り、そして言った。
「行くとすれば、おそらくは山の中。罠を仕掛ける。
それと毒矢だ。謙吉が持つ矢だけでは足りない。お里は

ああ見えても弓は使うよ。謙吉に勘太をみさせて、あたし

ら三人」
「わかった、やるか」
「やるさ!」
ランランと輝く早月の眼差し。美女ゆえ、よけいにおっか

ない。

この頃の伊豆への出入りは、東と西の海伝い、それと半

島の中央部。海伝いは背後が山で逃げ場がなく、追われ

る身なら山の中を動くと推察。しかも道らしき道でもない

だろう。
山のことは謙吉が詳しい。動くには水もいるから、おそら

くは沢伝いの林道か獣道。馬がいて四十人の大所帯と

もなると林道ということになり、道の数は限られる。
寺に戻ってさっそく弓矢の矢づくり。謙吉とお里がこしら

えた。風魔が用いる猛毒はつねに持ち歩いている早月。

早月と香月は逆木をつくる。逆木とは先を鋭く尖らせた

長さ十センチほどの竹釘であり、これを上向きに林床の

草むらに植えておく。踏み込めば敵は足を貫かれて動け

まい。
「お里ちゃんは勘太を頼む。弓ならオラに任せとけ」
「やだよ、謙ちゃんが勘太をみてな」
「うるせえや、オラが戦う。オラたちだって怒ってるんだ。

村のもんにも声をかける。ナメるんじゃねえぞクソ山賊」
二人の喧嘩に早月と香月は目を合わせて微笑んだ。言
われてみれば、人より小さな獣に命中させるのだから
弓では猟師が上だろう。
謙吉の部落の男たちは屈強だ。弓の数もこれで一気に
増える。心強い味方ができた。

伊豆の中央部と箱根をつなぐ林道は二本あり、しかし
一方には沢がないから水がない。この寺から少し入った

沢の崖上。馬が通るならそこしかないと謙吉は言う。
謙吉の仲間の猟師二人で道筋を見張る。迎え撃つ場所
は手前が沢への浅い崖、道を挟んで背後が山への駆け
上がり。下から狙われると逃げ場のない場所。猟師が二

人で見張り、一人が知らせに走る。

おしっ、準備おっけ。

そして二日後の明け方。森が白む頃、猟師の知らせが
駆け込んだ。香月が声を上げた。
「行くぞ」
「おおぅ!」
謙吉は若く血気盛ん。お里は寺に残り勘太を守る。
忍び草たる早月は、ここで忍び装束を着るわけにはいか

なかった。猟師の村の女が穿く木綿の股引。つまりモン

ペのようなもの。白木の仕込み杖をひっつかみ、香月に

続いて森へと踏み込んだ。
崖下の草陰で息を潜める香月、早月、謙吉に、猟師が三

人。

「来たぜ」 と謙吉が言った。
「手はず通りに」 と香月が言い、皆がうなずく。

人なら二人が横並び、馬なら一頭がどうにか通れる林道。

馬の前に手下どもがおよそ十人。馬を挟んで残りがおよ

そ三十人。
逃がさぬよう引きつけて、香月が「かかれ!」と号令。

道筋の先に躍り出た香月。抜刀するや疾風となって斬り

込んでいく。
「ここまでの命と知れ! 覚悟!」
賊どもは一斉に抜刀するも力量が違いすぎた。男どもを

左右に分け、駆け込みながらの剣さばき、キーンと刃が

触れたのは一度か二度。左右に散る敵をものの一刀で

仕留めていく、これこそ柳生新陰流、免停三か月の腕前

だ。
首を飛ばされ、剣を持つ肘先ごと吹っ飛ばされ、袈裟斬り、

抜き胴、逆抜き胴・・男どもがバタバタ倒れる。

馬を挟んだ背後では、崖下から矢を射かけられ、毒矢を

くらって悲鳴を上げる者、泡を食って背後の草むらへと踏

み込んで、逆木に足を貫かれ、悲鳴を上げて転げ回る者。

まさしく地獄絵!
「よぉし、かかれーっ!」
「おおぅ!」
謙吉ら猟師四人が山刀、丸太、あるいはナタ、そんなもの

を手にして躍り出る。
蜘蛛の子を散らすように草むらへと踏み込んで、足を貫か

れてバタバタ倒れる賊ども。
幼子の苦しげな死に顔を見ていた謙吉は怒り狂っていた。
「死ねぃ外道! 許さんぞぉ!」
山刀を振り上げて挑みかかる謙吉。

一方で、馬の前の十人を露払いした香月は、馬の前で膝

をついて背中を丸め、忍び刀を手に後ろから駆けすがる

早月が、まさしく跳馬、香月ロイター板の背を蹴った! 

天高く跳ぶ早月!
「あの子の仇! 死にくされぃ! キェェーイ!」
憤怒の気合い。手にした忍び刀をほぼ水平に振り抜くと、

馬上の男の首がない!
噴き上がる血飛沫を浴びて早月の顔は血糊で真っ赤。
馬の後ろに降り立って、謙吉らの戦う中へ。それと同時

に馬の横をすり抜けた香月もろとも斬り込んいく。

しかし香月は早月を守り、背後に控えさせて単身挑む。
香月、強し! 猟師の四人があっけにとられる剣さばき。

首を飛ばし、返す刃で喉を貫き、その剣を抜きざまに次

なる敵に下からの斬り上げ剣で腕ごと飛ばす。
返り血を浴びて、香月はまさに赤い鬼。
「あの子がどんな思いで死んでいったか、思い知れクズ

どもがーっ!」
小さな屍を抱いて穴に埋めた、子供の死に顔。それを思

うととても人ではいられない。まさに香月プレデター!

早月は唖然として見守った。柳生新陰流とは狂気の剣か。

なんという使い手なのか!
こんな男はこれまで知らない。早月は呆然として見守った。
そしてそれは猟師たちも同じこと。背筋に寒気の走る太刀

筋、身のこなし。速い速い! めっちゃ強し!
「己が最後ぞ、チェストォーッ!」
首が吹っ飛び、朽ち木のごとく倒れる山賊。道沿いの草と

言わず土と言わず、修羅場が真っ赤に染まっていた。

終わった。いいや終わらない。次は下田だ!

怒りの剣は一振りされて血を飛ばし、チーンと鞘におさま

った。