昨今、熊被害、鹿被害、猪被害が新聞を賑わせている。
しかし実際に田舎の人と話をすると、「一番厄介なのは猿だ」という声をよく聞く。
一昔前には、中禅寺湖 周辺で観光客が猿に襲われる問題もあった。
もっとも、猿に殺されることは滅多にない。
だから人間は、どうしても「熊=最恐」というイメージを持つ。
環境省資料によれば、令和7年の熊による人的被害は237人、その内死亡者は13人である。
しかし同年、飲酒運転による死亡事故は140人。
つまり、日本では熊に殺されるよりも、未だに酒を飲んで運転する馬鹿者に殺される方が10倍以上多いのである。
しかもこの数字には、事故後24時間以上経過して死亡した人は含まれていない。
しかし熊は射殺され、飲酒運転の加害者は数年で社会へ戻ってくる。
何とも奇妙な話である。
よく「昔は里山があった」と言われる。
村と山の間に存在した緩衝地帯である。
人も入り、薪を取り、炭を焼き、山菜を採る。
熊側も「ああ、この辺りは人間の縄張りだな」と認識していたのであろう。
私の通っている整体の先生は、若い頃に山奥の沢で釣りをしていた時、上流から熊が歩いて来て鉢合わせしたことがあるという。
お互い目が合い、双方ゆっくり後退した。
すると熊は向きを変え、静かに笹藪へ消えていったそうだ。
先生曰く、
「黒光りして、本当に綺麗だった」
とのことであった。
しかし今、人間は里山を壊し続けている。
宅地化、道路建設、そして無秩序な太陽光発電や風力発電。
私はこれも熊被害増加の一因だと思っている。
特に問題なのは、発電施設そのものより「メンテナンス道路」である。
山奥まで舗装道路を作ってしまう。
結果、かつては人里と隔絶されていた山奥と、人間社会が直結してしまった。
熊側からすれば、「いきなり人里が近くなった」感覚なのではないか。
更に数年前、大雨による土砂災害で「舗装道路を土砂が流れてきた」という話を聞いた。
山を削れば、当然水の流れも変わる。
自然は必ず反撃してくるのである。
そもそも、熊・鹿・猪が増えた大きな理由の一つは、狼を絶滅させたことにある。
人間は「危険だから」と天敵を排除する。
しかし、その先の生態系バランスまでは考えていない。
では逆に、熊を絶滅寸前まで減らしたらどうなるのか?
恐らく、人間の想定を超える自然災害や生態系崩壊が起きるだろう。
自然界は、実に巧妙に均衡しているのである。
例えば熊は、オオスズメバチ の巣を襲い、幼虫を食べる。
また、猛禽類の ハチクマ は、容赦なく蜂の巣を破壊して蜂を捕食する。
では、そのハチクマが飛来できないほど自然を破壊したらどうなるか?
当然、蜂は増える。
では、そのスズメバチがいなくなったら?
今度は、虻、蛾、バッタ、毛虫などが異常繁殖する可能性がある。
スズメバチは恐れられているが、実際には昆虫界の重要な捕食者なのである。
かつて アルベルト・アインシュタイン が、
「もし地球上から蜜蜂が消えたら、人類は4年で滅びる」
と言ったという有名な話がある。
実際に本人が言ったかは定かではないが、それほど蜜蜂が自然界と農業に重要だという意味であろう。
日本には在来種の ニホンミツバチ と、養蜂目的で輸入された セイヨウミツバチ がいる。
ニホンミツバチは、天敵であるスズメバチに対し、「熱殺蜂球」という恐るべき戦術を使う。
集団でスズメバチを包囲し、体温を上げて蒸し殺してしまうのである。
しかしセイヨウミツバチにはこれが出来ない。
だから巣が壊滅してしまう。
養蜂家は、巣箱入口を金属で狭め、スズメバチが侵入できないようにしている。
ところが、ここでまた問題が起きる。
今頃の季節になると、蜜蜂は「分蜂」を行う。
巣が過密になると、旧女王蜂が働き蜂の半数を引き連れて新天地を求め旅立つのである。
養蜂家はこれを捕まえ、新しい巣箱へ入れる。
しかし捕獲できなければ、セイヨウミツバチは野生化する。
そうなると、日本在来のニホンミツバチや、人間管理下の蜂群と蜜資源を奪い合うことになる。
ここで活躍するのが、皮肉にも野生のスズメバチである。
特にオオスズメバチは、十数匹で数万匹規模のセイヨウミツバチ群を壊滅させることもある。
自然界は、人間が思っている以上に絶妙な均衡で成り立っているのだ。
そして、その均衡を毎回壊すのが人間なのである。
ちなみに蜂蜜は、世界でも特に偽造が多い食品の一つだと言われている。
高級蜂蜜として有名なマヌカハニーですら、偽物問題が絶えない。
極端に安い蜂蜜は、まず疑った方が良い。
自然の恵みとは、本来それほど大量に、そして安価に手に入るものではないのである。
熊だけを悪者にして山から消せば解決する?
そんな単純な話なら、とっくに人類は争いを終わらせているであろう。
自然界とは、人間が思っている以上に複雑で、そして遥かに合理的なのである。