538年、欽明元年に百済から仏像が送られてきたのが、仏教伝来である。

 

ぶっちゃけ、百済王がやらかして欽明天皇を激怒させ、怒りを解くために仏像と仏教という教えを欽明天皇に献上したのが事実である・・・

 

聖徳太子こと厩戸皇子が、蘇我馬子と仏教を強く押し広めたとされている。

これにより、物部氏とのガップリ四つの戦となった。

 

何故、聖徳太子が仏教を布教させたのか?と私は疑問に思っていた。

蘇我馬子は、死ぬまでバリバリの神道であった。

では何故、蘇我氏は仏教布教に努めたのか?であるが、これは蘇我氏の家業が仏具や寺院建立の職人集団を抱えていたからであった。

そう、現在の政治家とまったく同じで利権絡みであったのだ。

 

我が家は旧家であり生まれたときから仏間があって、御仏やご先祖様の御霊と触れ合って育ってきた。

"南無阿弥陀仏"の世界にどっぷりであったのだ。

しかし、ここ数年は、須佐之男命を信奉している。

大和民族は、お宮参りに始まり、最後はやはり神道に戻るのだと思ったぐらいだ。

 

では、天照大神の子孫とされている皇族であられた厩戸皇子は、何故仏教だったのか?

因みに、何故厩戸皇子かなのだが、何と馬小屋で産まれたからという・・・

何処かで訊いた話だと思いませんか?

実は仏教伝来の頃に日本にも既にキリスト教も入っていたのだ。

景教と言ったという。

聖徳太子の母上は、穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのみめみこ)であられ、夫は用明天皇で、父は敏達帝であった。

詰まり、バリバリ皇族の姫が馬小屋で子供を産むか???ではないか?

確実に、聖徳太子の神格化を目指して作られたと言えないか?

 

仏教を考察すると、御釈迦様は一切宗教的な発言はしておらず、ただ"法"(のり)を解かれていただけであった。

宇宙の真理や自然や人間関係について述べていた。

例えば、皆さんの周りに「人の言うことを訊かない人がいてイライラする!!!」とか「職場の環境が悪い」という愚痴があるが、御釈迦様は、恐らく「他人を変えることは出来ない。それなら己を変えてみなさい」と言うはずだ。

それと無心になれば、自ずと全てが見えるというぐあいにだ。

若い頃、もし自分がEDになったから、無我の境地が見えるかも・・・と考えていた。

SEXが出来なくなれば、女性を女性と見ること無く人として付き合えるかも・・・

そう考えると、この世の男性の欲は全てSEXから来ているのではないか?と考えたのだ。

金欲、権力欲、物欲、全ては異性問題の延長線上にあるのでは?

その対女性問題から解放されれば、衣食住に事足りていればそれで良いのであろう・・・と結論を出した。

まあ、結論を出すのと実行するのは違うのだが、還暦を過ぎると、「そろそろ断捨離の準備をせねば」の境地に至った。

今の自分やこれからの自分にとってこれは必要かどうかで判断をするのだ。

こうなると衝動買いは無くなってっくるものである。

この考えは、恐らく原始仏教、詰まり御釈迦様の法に近いと私は考えている。

 

入滅後に弟子達が考えたのは、「この素晴らしい法を世界に広めねばならない」となり、結果宗教色が強まったのだと思う。

因みに、確か"死海文書"によるとキリストは、私の教えを決して宗教にするな」と言ったという・・・

 

ここまで来ると、原始仏教は宗教で無く哲学に近いと思う。

そこから大乗仏教と小乗仏教に別れたが、日本に伝わったのは大乗仏教であった。

 

聖徳太子は、この経典を読んで閃いたと思う。

これが神道の根幹であると!!!

皆さんも知っての通り神道に教義はない。

作法はあるが、教義が無い。

我々は日出を見れば、手を合わせるし、富士山を見れば自ずと幸せを感じる。

これが古神道であるから、大和民族には縄文人の宗教である古神道が染みついていると思う。

それでも、古神道を神道とし神社を建てて祈り方の作法も作ったが、やはり、日出や富士山に感謝するのは古神道なのだ。

詰まり、太古より神道を体系化した文献が無かったのではないか?

そこで、聖徳太子は、仏教を利用して神道を体系化し民に教えたのだと私は思う。

 

お盆にご先祖様が家に帰ってくるのは皆さんも知っているし、ご先祖様が守ってくれるのも知っているでしょう?

実はこれは仏教では無いのだ。

神道なのだ。

縄文人は人が死んだから神になり、村や自分たちを守護してくれると信じていた。

これが古神道であるが、これを仏教が担っている。

仏教では、人は死んだら地獄に落ちて、そこで修行をして輪廻転生の準備をするとしているので、子孫を守る余裕などないのだ。

更に、死んだから血筋からも解放されると考えている。

御釈迦様もこの輪廻を繰り返し来た。

有名な話では、兎の頃に、極寒名の中腹を空かせた高僧に自ら火に飛び込み、自らの身体を食べさせたのは有名であるし、次は世は、僧侶であったが、お腹を空かせた狼だが虎(諸説あり)がいて、みれば小さな子供が何頭もいたが、母狼は空腹のために乳が出なかったので、僧侶は自らの身体を食べよと身を捧げた。

その徳のお陰でシッタルタとして釈迦国の王子として転生したのだ。

しかし、日本では死した後もその家と人を守ることになったのだ。

古神道である。

こうして十七条の憲法に於いて、第一条で神道を説き、第二条で仏教を説いたのだ。

 

日本人は決して無神論では無い!!!

神道であり、縄文人より受け継いだDNAが、余りにも自然に神々を受け入れているのだと思う。

さて、皆さんはどうお考えになりますか?

 

御釈迦様は、人はこの世に何も持たずに独りで生まれ出でて、死ぬる時も、地位や名声、財産も持たずに独りで旅経つと言っている。

更に、大切なのは、人にどうして貰ったよりも、人を助けたことだけが残ると言っている。

暖かい季節になってきた。

大自然の中に言って、自分を見直すのも一興ではないか?