昭和という時代は、今にして思えば随分と乱暴だった。

子どもだからといって、世界の厳しさから目を逸らさせてはくれない。


時代劇では、切腹覚悟での行動が当たり前のように描かれた。

一度口にした言葉、一度下した判断は、命で担保される。

そこに救済はない。

正しくても死ぬ時は死ぬ。

だから、子どもながらに背筋が伸びた。


社会派ドラマも容赦がなかった。

尊厳死、冤罪、家族の崩壊。

大人たちが本気で悩み、正解のない選択に追い込まれていく姿を、

茶の間でそのまま見せられた。


昭和は、子どもを守らなかった。

だがその代わり、子どもを信じていたのだと思う。

「いずれ大人になるのだから、現実を知れ」と。


そんな時代だったからこそ、

**「無責任」**がアンチテーゼとして成立した。


クレージーキャッツ、そして植木等の無責任シリーズ。

一見すると、調子が良く、口先だけで、責任など取らない男に見える。

だが今、あらためて観ると分かる。


彼は無責任ではない。

やることはやっている。

現場に出て、人を動かし、最後は必ず結果を出している。


責任を取らないのではない。

結果で引き受けている。


昭和の観客は、それを見抜いていた。


責任とは、最初から重い顔をすることではない。

責任とは、最後に帳尻を合わせることだ。


だから植木等は許された。

いや、喝采された。


一方で、現代の「無責任」はどうだろう。

結果を出さない。

失敗は他人や制度のせい。

責任は曖昧にし、言葉だけが軽く飛び交う。


それは風刺ではない。

ただの逃避だ。


昭和は厳しかった。

だが、厳しかったからこそ、

無責任を笑える余裕があった。


責任を叩き込まれた社会でなければ、

無責任は芸にならない。

ただの害になる。


——無責任が笑えなくなった時代。

それは、責任そのものが空洞化した時代なのかもしれない。

明治の人たちに言わせれば、昭和はダメらしい。

社会機構が、江戸時代から変わったが、変わったばかり人々は、江戸と言う社会にどっぷり浸かり、そこで教育を受けて、これでは駄目だと明治とよう世を作った。

しかし、新しい世の中で生まれ育った輩が増えると社会は劣化を始めるのかもしれない。

徳川の御代は、もう「戦国乱世は嫌だ」が社会の共通であった。

だから、皆で戦のない世を作ってきた。

しかし、家光公の御代には、戦国時代は既に物語になっていた。

私の祖母は、明治32年生(1900)まれであった。そして、女学生時代は正に大正ロマンであり漫画“はいからさん”と同世代であったし、祖母の教科書にもちゃんと落書きもあった。

同じ明治生まれでも、江戸時代が匂っていた世代とそうでない世代があった。

昭和も又、戦前派、戦中派、戦後派、高度成長派で考え方や行動は違っている。

私の生まれた辺りは、オイルショック前であったし、社会に勢いがあったと思う。

しかし、既に戦争の傷跡はなかった。

平成、令和と我々世代から見れば、退化しているように見える。

学校で体罰禁止と騒ぐなら、最低限の躾は家でやれだが、それも出来ない。

植木等の“無責任”と、現在の無責任では、質が全く違う。

まあ、社会がもう腐っているから仕方ないが、これは時代の変革が近いのかもしれない。

慶應3年を生きていた人々が、翌年幕藩体制が終わるなど夢にも思わなかったはずだ。

時代について行けた人は生き残り、そうでない者は消えるのが世の常であろう。

平安の御代から「今の若い者は〜」と言われていたのだから。