先日、公衆トイレに入って気が付いた。

女性諸姉にはピンとこないであろうが、それでも男性用トイレ便器はご存じだと思うのだが、小便器が並んでいるのだが、男共は横一列に並んで用を足すのである。

 

良く便器の上の壁に「一歩前へ」等のメッセージが書いてあるのだ。

まあ、男衆も色々いて、この前は便器に身体を押しつけて用を足している輩を見たが、「これって服が汚れないか?」などと余計な心配をしてしまう。

詰まり、横に並んでいるので、スペースを作って用を足すと隣人に逸物を見られてしまうので有るが、私は気にしないので便器と距離を取って用を足す。

実は、以外と小便が細かく跳ねてズボンに付くのであるから、いくら逸品がお粗末であろうが、便器に身体を押しつけて用を足すのはどうかと思う・・・

 

さて、例のメッセージであるが、「一歩前へ」は、良く小便器の手前に雫が溜まっていたり、溜まった後が残っているのを見かけるのだ。

それを防ぐための「一歩前」であるのだ。

 

年齢を重ねるとお肌が弛むのは、世の男性女性を問わずである。

いびきがうるさいというのも、のどちんこ辺りの肉が弛む製であると訊いたことがある。

詰まり、身体の内外問わずに加齢により弛んでくると言う。

これが心臓であれば弁膜症等になるらしい・・・

 

さて、この一歩前だが、私は気が付いてしまったのだ・・・

男性の場合、小便器の前に立ち、ズボンのチャックを下げてから、パンツをまさぐり逸物を出すのだが、昔はそのまま用を足してもムスコがある程度の角度を保っているので、便器の奥下を目指して発射していたが、昨今、真下へ落ちるのである。

真下に落ちるということは、便器の受けの部分より前立っていれば受けに落ちるのだが、距離を保つ習慣の輩の場合、受けより床に落ちる可能性があるのである。

まあ、そうはならないように指で角度調節するのであるが、人間100%思っているようには行動できないので、稀に失敗するのである。

だから「一歩前へ」という張り紙があるのである。

因みに私は家でも彼女宅でも用を足すときは座ってしている。

男性諸氏、これをしないと嫌われますよ!!!

 

こんなジョークを訊いたことがある。

ボブとアリアは、今年で結婚して30年になる夫婦である。

この夫婦は小さな賭け事が好きであった。

まあ、昔でいう「牛乳一気飲みで早い方が勝ち」と言ったたわいのない勝負であるのだが、ボブは今まで一度も妻に勝ったことがなかった。

そんなある日、ボブがトイレで用を足していると、「これだ!!!」と思わず声を上げてしまった。

早速マリアに話した。

「マリア、オシッコ飛ばしで賭けをしないか?」とボブが言うと、マリアは怪訝な顔をしてボブを見た。

「詰まり、どちらがより遠くにオシッコを飛ばすかの競争だよ」

ボブがそう言うと、マリアは頷いてボブの手を取り裏庭にやって来た。

「良いわよ、ではあの木に向かってやりましょう」

マリアはパンツを下ろしてスカートをまくり上げると豪快に小便をした。

「私はここね」とにっこり言う。

ボブはこれなら俺の勝ちだと確信してチャックを降ろして、指で角度を作った。

するとマリアは言った。

「手を使うのは反則ね」

 

これを訊いて笑ってしまったのは私だけであろうか?

 

我々はこの世に生まれ落ちたときから老けに向かって歩んでいる。

老化を嘆くのではなく、それすらも楽しむことが肝要だと思う。

人間、100%確実なことは何一つないというが、ただ一つ確実なのは"死"である。

 

予言者の予言では近い将来(来年の7月かもしれない)、先に死んだ人を羨むような大災害が来るという。

しかし、最近アフリカのある部族に伝わる言い伝えによると、2025年7月に日本は蘇るというのがある。

金、権力欲を持った輩は排除され、友愛の世が来るという。

日本人の豊かさは、欧米の豊かさと違う。

欧米の豊かさの根底は"金"であるが、日本人の豊かさは心であった。

少なくとも江戸時代まではそれで来ていた。

幕末に訪れた多くの外国人の手記にも載っているから間違いないであろう。

 

それが明治以降、欧米化したことにより、我々の文化は落ちてきたのだ。

その象徴が壱万円券である。

肖像が渋沢栄一である。

アメリカですら、お札の肖像画にロックフェラーを使っていないのに・・・

詰まり、日本はここまで落ちたのである。

 

確かに金は大切であるが、生活に不自由しない程度なら後は、心持ちであると私は思っている。

 

さて、皆さんはどう思いますか?