ベタすぎる観光地である錦帯橋へ着いたのは、16時半ぐらいであった。

"名月や池を巡りて夜もすがら"は松尾芭蕉がこの地で詠んだ句らしい。

錦川を堀に見立てて城が建っていて、錦帯橋を渡った先が武家の世界であった。

家老の屋敷や領主の御殿が建っていた(家老の屋敷は現存)

山の上に天守が建っているが、殿様はそこへは通常行かなかった。

まあ、参勤交代で国に帰ってきたら登って自分の領地を見たかもしれないが・・・

通常は、山の下の御殿で生活していたはずだし、藩の政務もそこで行われていただろうし、下級武士は橋の手前にいたと思う・・・

 

錦帯橋と吉香公園(御殿跡)を堪能した後、岩国のホテルへ向かった。

 

次の日、7時にホテルを出発して、山口の秋芳洞へ向かった。

カルスト台地で有名な場所であるが、今一ピンとこない。

石灰岩で出来た大地が、雨等の浸食で出来たと言うが・・・

幻想的な入口に、興奮度MAXである!!!

"水が綺麗"が第一印象であった。

中に入るとお約束の鍾乳洞であるが、正に"川口浩探検隊"的な光景である。

まあ、中が広すぎて興奮も100mほど歩くと、退屈へと変化しったのだが、つくづく人間は我が儘な生き物であると再認識させられる。

と共に、結局自然破壊も同じで、秋芳洞を破壊しているのは我々で、洞窟に道を造り電気を通すのであるから、当然何万年も掛かって構成された自然を壊して出来た観光地である。

 

そう言えば、何年か前に信州の八方根に行った折、ロープウェイで山の上に行くのだが、ペットはNGだという。

国立公園なので、ペットは自然破壊するというのだが、それなら人間を入れるな!!!と言ってやった。

だって、人間が一番自然配するでしょう?

まあ、"矛盾"とは良く言ったもので、正に辻褄が合わないのである。

 

秋芳洞から山を登ると秋吉台である。

カルスト台地を貫く県道242号線を進み、大自然を満喫して一路角島へ向かった。

 

角島へ繋ぐ橋が素晴らしいと友人等に長きにわたって言われ続け、平成21年に行く予定であったが、下関で私のHarleyがオイルを拭いて断念したので、いわば、これはリベンジなのである。

 

しかし、いざ行くと、どっちらけであった・・・

「なんだこのチンケな橋は!!!」

が正直な私の感想であった・・・

20代学生の頃、住んでいたLAからフロリダに旅行に行き、フロリダキーまでドライブした。

"Florida Keys"と呼ばれる島々を橋で繋いでいて、一番長い橋を"7mile bridge"という。

先端の島がヘミングウェイが晩年に住んでいたので、そこを訪ねたときに渡ったのだ。

更に、我々東京人は凄い端を渡っているでしょう?

そう、東京アクアラインである。

海底トンネルを抜けて海ほたるが有り、橋で千葉県へ向かうのだが、何とこの橋の長さが約4.4㎞で、日本一の橋であったのだ!!!

 

結構苦労して行った角島だが、気持ちはシラケたが、島で昼食に食べた海鮮丼は絶品であった。

 

角島を後に、この日の最大のイベントであった楊貴妃の墓へ向かった。

二尊院というお寺に墓はあった。

支那人は歴史を知らないから、楊貴妃を"中国人"と思っているが、そもそも唐の皇帝は、碧眼であったという話もあるが、漢民族でなく北方の騎馬民族が打ち立てた国家が唐であり、その前に随も騎馬民族の国であった。

内乱状態にあった玄宗皇帝は、寵妃の楊貴妃を倭国へ"空ろ船"(うつろぶね)逃がしたのである。

空ろ船とは空飛ぶ乗り物でり、そのほかの表現では"飛車"という。

しかし、日本に着いたときには妃は亡くなっていたという・・・

本名は楊玉環というが、この地で約1400年眠っているが、ここが"本当の中国"であるから、シュールな話ではないか?

 

中国人とは、日本開闢から山陽山陰地方の人々を指す言葉で、支那人が中国と行ったのは高々長く見積もっても100年である。

それも日本のマネをしてである。

"中華人民共和国"の国名は、全て"日本語"からなっている・・・

自国名が外国語ってどうなの?

日本人には理解できない・・・

 

「漢字は古代支那から来た」もどうやら嘘であるようだ・・・

支那の古文書によると、「殷も周も倭人の国なり」とある。

詰まり、"漢字" を使っていたのは縄文人である・・・

更に、漢字は偏を始めとした旁で造られている。

支那にはこの"旁"だけの文字が存在していないのだ。

 

因みに我々の50音には、全て1音1音に意味があり、それを言霊というが、その言霊の集合体が言葉である。

だから、日々綺麗な言葉を使っていれば幸せになり、逆に汚い言葉を使っていれば不幸になるのだ。

これは本で読んだのだが、ペットボトルの水に綺麗な言葉を書いた紙と汚い言葉を書いた紙を各々貼っておくと、その水を行ってき取り出し凍らせたときに、綺麗な言葉の水は見事な水の結晶ができるのに、汚い言葉の水では結晶が出来ないのである。

 

されにある学芸員の方に訊いたのだが、イギリスでは日本語の言霊を研究している学者がいて、「"世界最古の言語"であり、英語はなくなっても良いが、日本語は絶対に残さねばならない」と言っているという。

 

肝心要の我々日本人が、日本語の言霊を信じて、日々綺麗な言葉を心掛けていますか?

更に、戦後、言霊を殺した動きがあった。

 

これは、ヱビスビールであるが、"えびす"ではなく"ゑびす"なのである。

発音も"E"ではなく"WE"なのだ。

だから、英語表記も"EBISU"ではなく"YEBISU"となっている。

これを正しく発音できますか?

恵比寿様は大国主命の長男であり、神である。

その神の名を正しく発音できないと言うことは由々しき事態であるといえる。

 

私が子供の頃に祖母から、「その発音違う」とヤ行とワ行を習った記憶がある。

 

香りも"かおり"でなく"かをり"が正しいのである。

 

そんなの関係ないと思うならそう思っていれば良いが、言霊を大切に、幸せ(心の平穏)を目指すなら大切にすべきであると思う。

 

旅の中に思ったことを書いてみました。

 

つづく