日本人の多くは、日本が嫌いと言われている。

オリンピックやワールドカップでは、皆で日章旗や旭日旗を振るのに、通常生活で国旗を振ると"右翼"といわれてしまう。

「私は日本を愛している」と言おうものなら、白い目で見られてしまうのだが、海外では自国を愛しているのは当たり前、母親を愛しているのも当たり前だが、日本だと「マザコン」という馬鹿な言葉でかたづける。

"国を愛する"と"母親を愛する"とは、同じことである思う。

 

帝国軍人が死ぬ際、「天皇陛下万歳、お母さんありがとう」が多いそうだ。

この天皇陛下万歳は、日本国への愛、お母さんありがとうは母親への愛ではないのか?

 

これは親が子供に日本国の正しい歴史を教えることが出来ないことが問題であると思う。

私が小学中学高校生の頃、自分の血筋に誇りを覚え、歴史の授業で先祖が出てくれば鼻高々であったことを覚えいる。

血統こそが、自分自身の誇りであったし、自分の生きる意義にも似たように感じていたが、現在は更に進化して"大和民族は皆兄弟"と思えるようになった。

 

例えば、前九年の役や後三年の役で八幡太郎義家公が、蝦夷征伐で欧州入りしていたが、かれが9年以上も女っ気なしで生活できないとは思えない。

現地の農民娘や豪族の娘と契りを交わし子供が生まれていたら、現在八幡太郎義家公の血筋はどれぐらい東北地方にいるのであろいうか?

そうれなば、男子直系であれば、畏れ多くも神武天皇と同じ"Y遺伝子"を持っていて、その遺伝子は神々へと続くのである。

大和民族は皆何処かで血が繋がっているのである!!!

更に言えば、数万年前からの縄文文明を起こした縄文人は、間違いなく我々のご先祖様である。

これは、世界中のどの国の人々も語れない壮大な血脈の話なのだ。

 

例えば、イギリスであるが、土民のケルト人がいたとされているが、それも怪しいし、現在のイギリス人との血脈も分からない。

その後、英雄ユリウス・カエサルのガリア征服によりブリテン島もローマ帝国の一部とされた。

約100年後のハドリアヌス帝は、ブリテン島にハドリアヌスの壁を築き、壁より北は蛮族の住処とした。

その後、サクソン人の侵攻やバイキングの侵攻に伴い、血が入れ替わっている。

何故か?

日本以外の蛮族は、占領すると住民を皆殺しにしてきたからである。

まあ、若い女性は助けられたかも知れないが、男系は絶滅であった・・・

 

詰まり、現在住んでいる場所の10000年前の人類は、単なる考古学の対象であるが、日本の場合、"縄文集落"となると、考古学と当時にご先祖様の生き様となるのである。

更に、1000年前の先祖、1500年前の先祖を追えるのも、日本だけである。

世界中の王室でもその頃は山賊であったり、海賊であったりで合ったからであり、確たる証拠が何も無いのである。

"王権"の正当性がないから、"王権神授説"というものが出来上がったのである。

「王権とは神のご意志である」となるのだが、日本では「天皇陛下は天照大神の子孫である」から格が違うのである。

ローマ法王でさえ、神の代弁者なのだから、格式の違いはお分かりであろう・・・

 

古代宇宙人説では、神(地球外知的生命体)と人間(創造物)とのハイブリッドなのが、神武天皇であるとなるのだ。

だから、ご長寿であられたのだ・・・

 

実は、この"血筋"は、日本人にとってはどってことないが、アメリカでは大問題であり、自分のDNAから「先祖はどこにいたのか???」を調べるのが流行っているのである。

 

さて、歴史的な不都合な真実とは?となると、多すぎて日本史の全般であると言えてしまう。

特にヤバいのは、古代だり、現行の教科書だと日本古代は平安時代らしい・・・

鎌倉時代からようやく本当の歴史となっていると訊いてビックリした。

縄文人は原始人であり、渡来民族に支配された弥生時代から稲作が始まったという嘘がまかり通っている。

縄文時代に既に水田はあって、栗林、漆の栽培も行われていたし、何よりも世界最古の土器がある。

だから、我々の冬の定番である鍋は、10000万年前から当然食されていた筈である。

更に、世界最古のワインも縄文人が飲んでいたというのだ。

 

当時の宗教は既に古神道に通じるものがあって、「人は死ぬと神となり村や子孫を守ってくれる」と思っていた。

我々と同じである。

だから、縄文時代は村の中心に墓を作り埋葬していた。

今でもお盆には、ご先祖様が帰ってくると言われているが、これは仏教ではないのだ。

仏教は、人は死んだら地獄の生き、前世での業を償って輪廻転生の準備をするのである。

それが嫌なら自ら解脱するか、"南無阿弥陀仏"を唱えて阿弥陀如来様の極楽へ導いて貰うしかない。

しかし、仏教が日本に伝来したときに、既に日本には死者は生者と共にあり子孫を守っていると信じられていたから、お盆という風習が仏教に取り入れられたというのだ。

原始キリスト教が、「聖人ミトラと同じ日に生まれたのであるから、イエスはミトラ様の生まれ変わりである」という布教をしていたのと同じである。

 

さて、馬鹿な日本史考古学では、日本には文字が無かったという迷信に囚われている。

その根拠が、隋書の倭国伝にあるというのだ。

小名木善行先生によると、漢字は日本が発祥であるという。

 

支那で生まれた漢字は、皆文字の組み合わせしかないという。

例えば"知"という字は、"矢"と"口"という部品から成っていて、"矢"とい文字と"口"という文字が無ければ"知"という文字にはならいのである。

しかし、支那の大文書に漢字の"部品"は出てこずに、部品と部品の組み合わせしか存在していない。

となると、部品部があるから、組み合わせがあるのであって、組み合わされた漢字より、部品の文字の方が古いことはお分かりになると思う。

日本には"神代文字"と呼ばれる数種類の古代文字が存在しているし、既に50音があり、"一音一字"であり、更にその"音"自身に意味があるのである。

 

"隋書の倭人伝"には「無文字 唯刻木 結縄」の記述から"文字が無い"と解釈したらしいが、この文字とは仏典のお経に書かれている様な文字を指しているという。

だって、刻木はあると書いてあるのである。

刻木とは、文字を木の板に刻んでいることを指し、その文字は結んだ縄のような字体であると書いている。

これは阿比留文字と言って神代文字の一つである。

現代でも修験道の山伏達はこの文字を書いていると訊いたことがある。

 

更に、縄文火炎土器という土器がある。

これは模様でなく、文字であるとUSAのヒエログリフの研究達は言っているし、解読を試みているという・・・

確か、松本零士先生のキャプテンハーロックでも、縄文火炎土器に"マゾーン"(植物から進化した人類で、地球の先住人として人類から地球を取り戻すと言っている種族)のメッセージが込められていた。

 

今日は、ざっくりと書いたが、これらのことは、子や孫にきちんと教えないと、次世代を担う大切な子供らが日本人の誇りと自信を持てなくなるのだ。

日本人としての誇りを教えることが、我々の義務ではないか?