皆さんも学生時代に、日本史で"参勤交代"を習ったと思う。
では、何故幕府は参勤交代を制度化したのか?
まあ、「莫大な参勤交代の費用を諸大名家に課して国力を弱める狙い」と誤報のおおいネット系辞書にも書いてあるし、そう教科書で習ったから、学校で習ったことは間違いという迷信から来ている思う。
しかし、真実は違ったのだ!!!
幕府による諸大名家への配慮と、日本国民への愛情から作られた制度であったのだ。
17世紀初頭の世界一の金持ちは、徳川家康公であると前に書いた。
金本位制であった当時、世界の金の1/3を保有していた徳川家康公に、欧州王侯貴族も為す術が無かったのが現実で、事実、当時(太閤殿下の時代だが)のフィリピン総督がフィリピン人の蜂起により殺されそうになっていた。
そこに現れたのが、太閤殿下の名代としてやって来た武士団数十人であった。
使節団は太閤からの書状を総督に渡すお役目であったが、もし総督が殺されたらお役目が果たせないから、放棄した住民と話し合いを付けたという。
当時のフィリピン人等も侍が相手なら嘘は無いと抜いた矛を収めて、住民側の要求も総督に通したという・・・
凄いぞ武士団!!!である。
又、東南アジアで海賊行為を働いていたスペイン船やポルトガル船をフルボコにしていたのは、武士団が乗る最強の貿易軍船であった八幡船団であった。
更に、金は持っている最強の軍団も保っている日本国に逆らう外国など無かったのが事実である。
だから、貿易をしたのである。
皆さんが、大名だとしたら、領地にいるのと江戸にいるのとどちらを選びますか?
世界一の金持ち徳川宗家に気に入られようと思うでしょう?
上様の覚え目出度ければ、藩も万々歳である。
これは、ご存じ遠山金さんが町奉行であった頃、老中首座水野忠邦が天保の改革という現財務省の大好きな緊縮財政をしていたのだが、水野忠邦は「質素倹約なのだから、市中の歌舞伎も禁止しろ」という命が下ったが、遠山桜は、老中を無視して庶民の娯楽を守り抜いたのだ。
だから、今日、我々は歌舞伎を楽しむことが出来ていると言っても過言ではない。
もし、当時今の腐った役人同様「分かりました」と言って、小屋をたたき壊して、歌舞伎役者を捕らえて処罰していたら、果たして今、歌舞伎が存続していたのだろうか?
では、何故、老中に逆らっても、遠山金さんは処罰されなかったのか?
それは、12代公方様が「遠山は日本一の判官じゃ」という一言があったからである・・・
上様の一言は、法律より重いのであった!!!
それほどの権力者と皆さんが大名であれば、親しくしたでしょう?
それも幕府開闢して直ぐなら、多くの大名家が取り潰されている中、自分だけは!!!と思うのも無理は無い。
広島藩の福島正則は、50万石で家臣が約6000人であったというが、家族や郎党や上級官吏の家臣等を入れれば10万人ぐらいが職を失ったことになる。
大名家が取り潰されていると言うことは、家臣団を考えれば大名として是が非でも家を守らねばならない第一のミッションなのだ。
このことからも、浅野内匠頭長矩は、どう考えても馬鹿チン以外の何者でもないのだ!!!
殿中事件後、長矩が「あの時は乱心してしまいました」と言えば、赤穂藩は残ったのであるにも拘わらず、赤穂藩取り潰しのみを選んだ大馬鹿者であり大名失格者と言える。
その為に、大名は江戸にいたいのだが、江戸に居続けると領地の政は大丈夫?と心配になるから、「お前帰れ」と渋々帰しても、「隣の藩の殿様は・・・」という噂を聞けば居ても立ってもいられなくなり、江戸に行くこととなる。
当然、壮麗な行列にして噂を立てれば、幕府の覚え目出度たいと思ってしまうから、皆が華美に走ったのだ。
幕府はそれを戒めているのである。
華美に走るな、領民が迷惑する(大名が金を使えば、領民から税をとるから)と武家諸法度にも記載されている。
だから、参勤交代という法律を作ったのである。
行列も石高によって共揃えの人数や乗り物等々きめ細かく設定したのである。
参勤交代制度とは、上様の諸侯への配慮と、日本国民への愛から生まれたのが事実である。
今の政府と比べると、涙が出ませんか?
昨日から首都高速代が値上がり!!!
未曾有の大災害(新型コロナウイルス)で国民が疲弊しているにも拘わらず、良く衣食住から全般の値上げが出来た!!!
素晴らしい!!!
こんな政府いらない!!!
デフレなのだから、先ずは金をばらまけ!!!である。
インフラ整備から始めても良し、国民一人月10万円の給付金を1年間配っても良しである。
何度も書くが、これをすればデフレスパイラルから脱却できて、漸くインフレ率1%になるのだ。
24年間、デフレであることを考えれば凄いことである。
世界のトヨタがどれ程売っても、日本国政府からすれば雀の涙以下なのである。
今必要なことをタイミングを逃さずに、国民を金持ちにして、国防予算を倍増することである。
それを"富国強兵"という。
だから、温故知新でしょう。
歴史を学ぶことは未来を考えることと同じなのである。