先日、ハーレー仲間とランチをした。

H氏とSちゃんの二人であるが、H氏は私の母親より2つ年下の昭和17年生まれで、Sちゃんは今年74歳だそうだ。

まあ二人とも私の大先輩であるが、昔から妙に馬が合うのである。

H氏とは私がハーレーに乗り始めた頃からよくツーリングに出かけた。

ほぼ毎日バイクに乗っていた感じである。

元、某大手損害保険会社の査察部部長まで行っただけあって、細かいのが玉に瑕である・・・

Sちゃんは自宅兼マンションの一階で喫茶店のマスターをしていた。

別名"バレリーナ"で、ハーレーの信号待ちでは両足爪先立ちであった・・・

二人とも2年前に既にハーレーを降りているが、たまに会ってランチ会をする仲間である。

 

会話では良くハーレー談義になるのであるが、先日は歳の話になり、私がハーレーに乗り始めたのは丁度40歳になってからで有るから、かれこれ16年になるから、その私が既に56歳で諸先輩方も齢70を超えているのに納得であった。

 

平成21年(2009)年の11月のその年で最後となるハーレーのイベント"長崎フェスティバル"に行くことになっていた。

私は箱根の友人宅に一泊した関係から、スタートは別々となった。

グループは朝4時に出発してして一路壇ノ浦SAにある宿泊施設を目指していた。

私は同日10時頃に箱根の友人宅を出発して、御殿場ICから下関ICをめざし、その夜は市内のホテル泊で翌日の昼に壇ノ浦SAで待合せとなっていた。

先発隊は"角島"へ走りに行くと言ってたし、私は独りで本場の河豚料理を堪能する計画であった。

その時の私の愛機は、直前に納車されたウルトラCVOで、初めて日本で1800ccのエンジンを積んだハーレーであった。

まあ、色々いじって総額900万円になっていたのだが・・・

1450ccのハーレーですらエンジンの熱で熱いのに1800cc(正確には110キュービックインチ)であるので、エンジンの左側に強制的な風を送る送風システム(純正)を付けていたが、純正の場合本体をネジで3カ所固定なのだが、下側のステイがダサいのでエンジンのネジを兼ねて送風機下部のボルトをエンジンマウントのボルトと兼用させたのだ(メカニックの果敢な挑戦)

 

私のハーレー(ISIS号)は順調に東名高速道路を西進していき、浜名湖SAでの休憩時にバイクチェックすると、そのエンジンマウントのボルト付近にオイルが滲んでいたのを派遣した。

ハーレー店に電話したら問題ないとの回答のため、西進を続けた・・・

まあ、下関までの高速走行を舐めきっていた。

御殿場ICから下関ICまで約934㎞であるので、「10時間もあれば行くかな〜」とか、「平均速度140㎞なら6時間40分くらい?」などと寝言を言ってしまったが、実際には下関ICを出たのは0時を回っていた・・・

しかし、それが功を奏したのである。

"人間万事塞翁が馬"で、0時を回っていたので日付は土曜日となり、当時の土日高速代1000円であったので、1800円(大阪の首都高速道路別料金)であったが、1万円以上お安くなった!!!

 

翌日、昼前に駐車場に行くと驚くべき光景を目にした!!!

一面オイルが散乱していて、例のボルトが抜け掛かっていてエンジンを掛けるとそこからオイルが滲み出ていたのだ!!!

ハーレー店に電話すると、下関にあるハーレー店まで自走して置いて帰ることになった・・・

その折り工場長(東京の)「何とかだましだまし行けませんか?」ということに「帰り道ならまだしも、長崎まで行って帰るのは無理」と怒鳴っていた・・・

下関のハーレー店も"110"(1800cc)のハーレーを見るのも初めてという有様で、H氏の電話を入れて帰る旨を伝えた。

ビールと弁当を片手に新幹線に乗りこむと爆睡して、目が覚めたのは京都駅であった・・・

 

後日談だが、当初は私とH氏、Sちゃんで阿蘇山を巡り、山口県の秋吉台を散策、山陰地方を経て玉造温泉で一泊して帰路につく予定であった。

ここでH氏のインチキを私は指摘したのだ!!!

H氏は帰り道"京都"の実家に寄ることになっていたであるから、玉造温泉から京都は丁度良いツーリングの距離であるが、我々は玉造温泉から東京まで帰るのである!!!

それは辛いから、「山口県からせめて城崎温泉まで走ろう」と言ったのだが、宿泊所の手配はH氏の役目であったので・・・

 

まあ、神様は観ているもので、私はその日の内に帰宅していたが、翌日、「長崎は今日も雨だった〜音譜音譜」と前が見えないほどの雨に阿蘇山は諦めて大人しく秋吉台へ向かったらしいが、秋吉台も「雨だった〜音譜音譜」で昼過ぎには山口市のホテルへ逃げ込んだらしい。

翌日、そこから玉造温泉を目指したらしいが、山陰の国道191号線も荒れ模様で、何と海岸線では波飛沫の洗礼まで受け、トドメは玉造温泉で朝起きたら「雪だったあ〜音譜音譜」と散々であったという・・・

結局、私のオイル噴きだしは、神様やご先祖様のご加護であったのであう。

新車で波被ったら泣くよ〜

 

こう言う話は、盛り上がるのである。

ハーレー仲間のカズちんも知り合いのため彼の話題になった。

「トライアンフ製の"ロケットⅢ"欲しいクセして300万円高いと言っていた」と話した。

更に「来年死ぬの分かっていたら300万円払って買うだって!!」というとH氏は言った。

「それは違うよな。今を楽しむことが重要で、その楽しみが積み重なっていくから、幸せなんだよね〜」

私もH氏の意見に賛同である。

今日を精一杯生きるから明日があり、楽しい毎日の積み重ねが楽しい来年の自分なのである。

今が「苦しい、楽しくない」という人に、幸せな来年が来るはずがない!!!

 

私の知り合いに、仕事をなりふり構わず頑張っているのがいる。

しかし、先日会ったら窶れていたし、精気が失われている感じがあった。

弦もそうだが、張りすぎると切れるから適度なたわみが必要なのと同じで、人間も頑張るのは良いが、適度な余裕が必要だと思う。

余裕なく頑張る人って、結果は見えているのである・・・

まあ、そういう人は他人のアドバイスに耳を傾けないから失敗するのであるが・・・

 

新型コロナウイルス新規感染者という馬鹿の一つ覚えニュースばかりだが、皆さん、笑顔ですよ。

荘子は「どんな境遇でも楽しめる」と言っているし、確か司馬遷だと思ったが「逆境にあれば、それを楽しむ」と言っている。

支那人を馬鹿にしている私が、(太古の支那人と現在の支那人は恐らく別人種)この言葉は好きである。

 

新型コロナウイルス下で苦しいが、これすらも楽しんでしまうという心の余裕か、日本人古来の幸福感なのかも知れない。

何も金があるから幸せ、貧乏だから不幸というのは、レベルの低い欧米文化の物差しである。

日本人は古来より、「心の豊かさは、何物にも代えられない」と知っていたのだ。

"温故知新"で、無いなら無いなりに工夫して楽しめば良いのだ。

 

"笑う門には福来たる"である。