大河ドラマで"鎌倉殿の13人"という大河ドラマが始まった。

ドラマを観てみたが、「酷い」以上!!!

 

まあ、某国営放送なので、無知な奴らでも分かりやすく登場人物を実名で上げているが、明治以前まで実名で人を呼ぶことは親を除いて有り得ないかったのが日本の文化である。

私は良く徳川家康公のことを"神君公"と書くが、江戸時代はこれが常識であった。

"家康様"と呼称したら打ち首物であった・・・

今でも、友人同士は渾名で呼ぶのが多いと思う。

これは、その時代の名残である。

"天照大神"は、皆さん御存知の我が国の"神々の女王"にして、我々日本人の主人であられるが、実はご本名ではない。

正しくは大日孁貴神(オオヒルメノムチノカミ)という。

神武天皇のご本名は神日本磐余彦天皇(かみやまといはあれびこのすめらみこと)という。

 

源氏物語を読んでみれば一目瞭然で、登場人物の本名は何処にも出てこない。

何故か?

陰陽道的には、呪詛を掛けるには生年月日と本名が必要であるからである。

"源氏の君"は、何人も居たし、佐殿(源頼朝)も源氏の君であった・・・

 

平氏とは、桓武天皇から別れた氏族であり、本家は今の茨城県の府中辺りで、分家であった平将門公は霞ヶ浦の付近に居たという。

劇中「平家、平家」と連呼しているが、そもそも北条氏は平氏であり、平清盛らの一門とは平貞盛から別れている。

詰まり、親戚同士なのに、伊勢平家は隆盛を極めているのに、伊豆平家は貧乏が許せないという事であろう。

この家紋は平氏は揚羽で、源氏は笹竜胆でるが、家紋を比べても文化の差が出ている気がするのは私だけであろうか・・・

 

"源平合戦"は、日本人なら皆知っている常識であろうが、源平合戦は源氏対平家である。

ここで不思議に思いませんか?

"源氏"対"平家"であって、"平氏"ではないのだ。

日本中の源氏連合軍対平清盛一門の戦いという。

現代風に言えば、日本国政府対田中真紀子である。

日本国政府は平家で、田中真紀子は源氏となる。

正に、父の敵討ちであるが、成功しないとおもえるが、1000年前は成功したのだ。

 

劇中は「わしが旗を揚げれば日本中の源氏が立ち上がる」と言っていたが、実際はそんなことは無く、事実は小説よりも奇なりであり、平宗盛の元にには多くの源氏が馳せ参じていた。

源頼朝に付き従ったのは、板東武者と呼ばれた平氏であった・・・

源平合戦とは、親分の平宗盛の元には源氏、源頼朝との元には平氏といった珍事が発生していた。

その結果、源氏が勝ったと言われているが、実態は伊勢平家を潰して、その後釜を虎視眈々と狙ってた板東平家の勝利で、その後鎌倉幕府では、板東平氏の血みどろな戦いが繰り広げられ、結果的に北条氏が勝ち残り、平家の治世を行っていたのだ。

 

最終的には旗頭であった源頼朝まで暗殺してしまった・・・

"曾我兄弟の仇討ち"は有名な話だが、これは「じっさま」と呼ばれていた伊東祐親の孫の兄弟の敵討ちであるが、どうも板東平氏はこの兄弟に頼朝を討たせようと画策していたという・・・

 

頼朝の死因は落馬であるが、偉い人の死因で落馬は暗殺を意味する。

古くは天智天皇である。

 

その後、二代目鎌倉殿の源頼家は、修善寺に流され、温泉に入っているときに暗殺者に"金玉"を握りつぶされショック死したという・・・

刀傷があったら大騒ぎであるし・・・

三代源実朝は、鎌倉の鶴岡八幡宮に式典に参加の折に、銀杏の大木に隠れていて頼家の遺児公暁によって刺殺された。

これも、板東平氏の力働いていたのは言うまでも無い・・・

式典、それも源氏の総鎮守である鶴岡八幡宮で暗殺!!!

警護はどうなっている?

責任もんであるが、鎌倉幕府は何も毎なく進んでいった・・・

 

ここで多くの日本人の誤解が生まれるのだが、源頼朝は征夷大将軍に任じられている。

これによって歴代幕府の長を"将軍"と思っているが、これは間違いである。

頼朝の征夷大将軍は、奥州藤原氏を成敗するために必要な役職であったから、朝廷から貰ったまでのことで、鎌倉幕府は既に機能していた。

だって、この時、頼朝は"近衛大将"でったので、"征夷大将軍"は格下になる。

皆さんもこの字を観ただけで、どちらが偉いかお分かりだろう・・・

 

ここで頭を夜話楽しましょう。

ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタビアヌスという人のことは皆さんもご存じでしょう。

古代ローマ帝国初代皇帝である。

ガイウス・オクタビアヌス(オクタビアスJr.)で、シーザーの死の時は18歳であり、ローマ帝国では子供であった・・・

さて、シーザーの暗殺は、シーザーが皇帝になろうとしたからだというが、この小シーザーは、生まれは名門で無かった。

ユリウス家のルーツはビーナス神に繋がるとされてたという。

シーザーは、この名門の生まれ出ない甥っ子に自分の名前を与えている。

詰まり、オクタビアヌスを自分の養子として、ガイウス・ユリウス・カエサルの名前を与えたのだ。

さて、問題はここからなのだが、彼はどうやって皇帝になったのか?

無理強いすると大シーザーの様になるから、ここは頭の勝負である。

如何に元老院を欺すかである。

この時期はエジプトで、アントニウスとクレオパトラの連合軍を破っての凱旋後であるから、破竹の勢いの小シーザーである。

そこで、小シーザーは、元老院に対して、終生執政官と終生護民官の役職を願い出た。

元老院も、"皇帝"ではなく、執政官と護民官?この若者は欲がないと判断して「いいよ」となったらしい・・・

 

皆さん、この世で一番強い権力って何だと思いますか?

日本政府の馬鹿共は理解していないのだが、この世で一番の権力とは"拒否権"である。

国連でも常任理事国はこの拒否権を持っているし、以前日本は常任理事国入りを切望した折「拒否権要りません」と間抜けなことを言った。

如何に東大出が馬鹿か、この一言で分かってしまう。

 

拒否権は、全てに対して使える。

「お前を逮捕する」と検察言われても「拒否」で終わるし、裁判で「被告人に懲役10年も言い渡す」と判決が出ても「拒否」、国会に行って重要な審議が可決して、「俺、それ拒否するわ」で審議は流れてしまう・・・

最期に国会が「ではどうすれば良いのですか?」となる。

「こうこう、しかじか」と自分の思い通りになるのである。

詰まり、現存する役職を使って、小シーザーは実質独裁者になったのである。

 

源頼朝もこの手を使ったのだ!!!

朝廷から、司法権と徴税権を"貰った"のである。

これによって、逮捕権、裁判権を幕府が正当に持ち、税金を取る権利まで幕府が貰ったのであるから、幕府が朝廷に代わって日本国の統治権をもったのである。

「今度は奥州征伐したいから軍事権も欲しい」と言って貰ったのが征夷大将軍の役職であった。

これにより、明治まで武家が正当な日本の支配者となったのである。

 

そう言った一大転換期をもたらした源頼朝は、凄い人であることは間違いが、その影で、武家政権をめざした平将門公、平清盛公の功績も忘れてはならない。

彼らのチャレンジ精神と失敗から学び、鎌倉幕府が出来たのである。

 

現行政府は、失敗から学ぼうとしない・・・

滅びの道を突き進んでいる。

 

"温故知新"である。