今日8月15日は終戦記念日で、何故か日本中が自虐になるのである。
先ずは、これを読んで欲しい(ウキベディアより)これは、"開戦の詔勅"と言って、大東亜戦争開戦の折に発表された陛下の大御心である。
何故戦争をするのかを述べられている。
 
"只今宣戦の御詔勅が渙発せられました。精鋭なる帝国陸海軍は今や決死の戦を行いつつあります。東亜全局の平和は、これを念願する帝国のあらゆる努力にも拘(かかわ)らず、遂に決裂の已(や)むなきに至ったのであります。

過般来政府は、あらゆる手段を尽し対米国交調整の成立に努力して参りましたが、彼は従来の主張を一歩も譲らざるのみならず、かえって英、蘭、支と連合して支那より我が陸海軍の無条件全面撤兵、南京政府否認、日独伊三国条約の破棄を要求し帝国の一方的譲歩を強要して参りました。これに対し帝国は飽(あ)く迄(まで)平和的妥結の努力を続けましたが、米国は何ら反省の色を示さず今日に至りました。若(も)し帝国にして彼等の強要に屈従せんか、帝国の権威を失墜し支那事変の完遂を期し得ざるのみならず、遂には帝国の存立をも危殆に陥らしむる結果となるのであります。

事茲(ここ)に至りましては、帝国は現下の時局を打開し、自存自衛を全うする為(ため)、断乎として立ち上がるの已むなきに至ったのであります。今宣戦の大詔を拝しまして恐懼(きょうく)感激に堪(た)えません。私は不肖なりと雖(いえど)も一身を捧げて決死報国、唯々(ただただ)宸襟(しんきん)を安んじ奉らんとの念願のみであります。国民諸君も、亦(また)己が身を顧みず、醜(しこ)の御楯(みたて)たるの光栄を同じうせらるるものと信ずるものであります。

およそ勝利の要訣(ようけつ)は、「必勝の信念」を堅持することであります。建国二千六百年、我等は、未だ嘗(か)つて戦いに敗れたことを知りません。この史績の回顧こそ、如何なる強敵をも破砕するの確信を生ずるものであります。我等は光輝ある祖国の歴史を、断じて、汚さざると共に、更に栄ある帝国の明日を建設せむことを固く誓うものであります。顧みれば、我等は今日まで隠忍、自重との最大限を重ねたのでありまするが、断じて安きを求めたものでなく、又敵の強大を惧(おそ)れたものでもありません。只管(ひたすら)、世界平和の維持と、人類の惨禍の防止とを顧念したるにほかなりません。しかも、敵の挑戦を受け祖国の生存と権威とが危うきに及びましては、蹶然(けつぜん)起(た)たざるを得ないのであります。

当面の敵は物資の豊富を誇り、これに依て世界の制覇を目指して居るのであります。この敵を粉砕し、東亜不動の新秩序を建設せむが為には、当然長期戦たることを予想せねばなりません。これと同時に絶大の建設的努力を要すること言を要しません。かくて、我等は飽くまで最後の勝利が祖国日本にあることを確信し、如何(いか)なる困難も障碍も克服して進まなければなりません。是(これ)こそ、昭和の御民(みたみ)我等に課せられたる天与の試錬であり、この試錬を突破して後にこそ、大東亜建設者としての栄誉を後世に担うことができるのであります。

この秋(とき)に当り満州国及び中華民国との一徳一心の関係愈々(いよいよ)敦(あつ)く、独伊両国との盟約益々堅きを加えつつあるを、快欣とするものであります。帝国の隆替(りゅうたい)、東亜の興廃、正に此(こ)の一戦に在り、一億国民が一切を挙げて、国に報い国に殉ずるの時は今であります。八紘一宇を皇謨(こうぼ)の下に、此の尽忠報国の大精神ある限り、英米と雖も何等惧るるに足らないのであります。勝利は常に御稜威(みいつ)の下にありと確信致すものであります。

私は茲に、謹んで微衷を披瀝し、国民と共に、大業翼賛の丹心を誓う次第であります。"
もし、戦争を回避していたら、日本は植民地になっていたはずだ。
大東亜戦争は、正に"肉を切らせて骨を断つ"であり、我々の先祖の戦いは今日のアジア、アフリカ、中東を奴隷状態から解放したのであった。
そして、戦後GHQによって歴史をねじ曲げられ、「日本人が悪いから戦争を起こし、悪いから敗戦した」となった。
毎年広島、長崎で原爆慰霊祭が行われているが、何故"不戦の誓い"とか「我々が悪かったから・・・」なのか?
原爆を落としたのはアメリカなのだから、損害賠償請求すべきである!!!
そこだけ半島を見習うべきである。
戦争なのだから、軍人同士の死に対しては損害賠償請求権は無いが、明らかなる国政法違反である民間人の大量虐殺は損害賠償請求権はあるはずだ。
ナチスのホロコーストと同様に、原爆以上に、東京大空襲なども、民間人虐殺である。
日本は真珠湾攻撃の際、軍事施設のみの攻撃であった。
ワイキキの街を爆撃していない!!!
それと、ポツダム宣言も一読をお勧めする。
GHQはポツダム宣言違反をどれ程したのか?
日本は無条件降伏はしていないのだから、思想や教育の洗脳は断固断るべきであったのだ。
しかし、軍を解散してしまったら"契約"など何の力も無いのだ。
契約とは力を伴うから効力があるのだが、毛唐には通用しない。
日本人は約束は必ず守るが、染みついているから、民法にも"契約は口約束でも有効"であるのだが、戦後欧米の劣化した考え方が日本社会を崩壊させている。
現に、支那が力で尖閣諸島を初め日本社会を征服しようとしている。
憲法9条が有る限り、日本はどうにもならない。
力こそが国(国民の生命と財産)を守る唯一の方法なのだ。
これは1万年前のペテログリフにも刻まれている。
「富国強制で、常に備えろ」である。
これは神武天皇以前の天皇(スメラミコト)による勅命である。
今日は、我々子孫を守るために命を捨ててくれた英霊に乾杯しましょう。
我々はどんな未来を次に残せるか?
胸を張れるのか?日本人として!!!