今年の干支は丑年でるが、正確に年を書くなら令和参年辛丑となる。

辛丑(かのと・うし)と言うもので、甲子(きのえね)から始まり、これが60年で元に戻ることから還暦と呼ばれている。

甲子園は甲子の年に出来たから付いた名である。

辛丑の3周り昔、天保時代であり、天保の大飢饉が起こり多くの人が亡くなったのだが、丁度3周り前に"天保の改革"が始まったのだ。

老中水野忠邦は、現代日本人が大好きな質素倹約の超デフレ社会を作り、武士を初めとして多くの国民を苦しめた。

江戸町奉行遠山左衛門尉景元殿が活躍していた時代でもある。

ご存じ金さんは、歌舞伎を守った人で、幕府は芝居小屋を潰そうとしていたという・・・

 

天保の大飢饉は、人災で無く天災であり数年に及ぶ冷夏が原因だったらしいが、この時に、昔は何処にでもあった二宮金次郎こと、二宮尊徳が活躍した時代でもある。

彼は、農業改革をして飢饉に強い食物である稗や粟を植えることで多くの命を救ったのだ。

その功績により、農民から武士となったのだ。

逸話では、ある日、夏前に茄子を食べてみると秋茄子の味がした所から、「今年は冷夏になる」とよそうし、農民に稗を植えさせて飢饉を乗り切ったという。

 

天保の改革は、幕臣にまで及んだらしい。

ある旗本の殿様が、普段着で町へ出て団子を食べていたら、それを密告され改易になったとか、別の殿様は、蕎麦屋で天麩羅蕎麦を食べたら密告され改易、どちらも"贅沢"をしたという・・・

これって、現在にマスク警察に通じるものがあって怖い・・・

旗本がこれなら町人はもっとヤバいと思うと、どうなるか?

自粛していまうのだ・・・

あれ?これも今と同じ?

そして、武士の間で流行ったのは??

答えは

この笠である。

これを被ると、顔が見えないし、飲食店に入ってもこの笠ならば、付けたまま食事も出来るというわけだ・・・

流石に、「笠を取れ」となれば、斬り合いになるからそれはなかったようだ・・・

町方は武士に対する逮捕権、捜査権が無かったのである・・・

但し、浪人は、法的に武士ではなく町人となるから逮捕されてしまった。

武士とは、誰かに仕えて禄を貰う人を意味した。

 

天保の改革で改易になった幕臣は、延べ900名に登るというが、今の馬鹿役人の甘い処罰に比べれば刑罰が重すぎる気の毒になってしまう。

厚生労働省は41名が、夜11時まで営業している店を探してまでの飲み会で、どうせ懲戒だけだが、方や、団子や天麩羅蕎麦を食べただけでお家お取り潰しである!!!

そして、農村部でも新たなる動きがあったという。

度重なる飢饉を乗り越え、農村部が商人に騙されなくなり、豊かになった言ったという。

渋沢栄一のような人々を輩出する土台が形成されていった。

金を持った農家は、どうしのか?

今で言う、豪邸を建てたり、高級外国車を買う贅沢をしたのか?

否、そんなことを仕立てチクられたら財産没収されて打ち首にされてしまう・・・

となると、金の使い道はただ一つ!!!

それは教育であったのだ。

 

今、日本では3種類の茸が大量に採れるらしいのだ。

それは、"今だけ、金だけ、自分だけ"である。

本来、政府は国家百年の計を論じるべきなのに、3茸がはびこっているから国民生活そっちのけである。

この天保から約20年で明治になっている・・・

日本政府の運命も風前の灯火である。

しかし、日本政府が滅んでも、偉大なる日本国は滅びない。

天皇陛下と臣民がいる限り、不滅である。

正に、温故知新であり、歴史から将来像を学ぶことは重要なのである。

だからこそ、我々1人1人が踏ん張らねばならいのでは無いか?

この国を誇れる形で、次の世代に引き継ぐのは我々の義務である!!!