今年も残すところ数日となった。

今週末には令和3年である・・・

そして、今更だが、この地球上に生きとし生けるもの生まれ年(西暦)に、年齢を足すと2020になるという。

次にこの現象が起こるのは1000年後らしい・・・

 

さて、先日実写版"ムーラン"を観た。

ディズニーは、なんとこの映画の政策に日本円で約210億円もぶちこんだが、転けたらしい・・・

世界中が支那風邪騒ぎで、支那バッシングなのに・・・

だが、この制作費を考えると、"鬼滅の刃"の興行収入ってなに?と悲しくなってしまう・・・

日本映画界はゴミとしか言えない・・・

 

本題に入ると実写版ムーランは、私的に微妙である。

ムーランの元ネタは、支那南北朝時代の"木蘭詩"に登場が最古だという。

支那南北朝時代は、三国志の後で結局、曹操が率いる魏が勝って晋王朝となりそれが壊れて国がバラバラになって、隋が統一するまでの期間を呼ぶらしい・・・

日本人は勘違いしているが、これらの国々と今の中華人民共和国は、無関係であるのだ。

だから"古代中国"は存在しない。

古代中国といえば、出雲国を指すのである。

この前、友人とランチをしたときに、富士山の話題になった。

彼女は広島県民である。

「お前ら中国人には分からないだろうが、我々関東人は富士山が見えると嬉しい・・・」といった会話があった。

本来"中国人"と言えば、山陽山陰地方の人々を指す言葉であり、中華人民共和国に住んでいる奴らは"支那人"である。

我々が何で奴らの都合によって呼び名を変えてやる必要があるのか?

英語では"REPUBLIC OF CHINA"である。

どこに"中国"がでてくる?

CHINA=支那で、CHINAの語源は秦(シン)であるし、支那の語源も秦である。

 

詰まり、歴代王朝に血脈がないから同じ国とは呼べないのだ。

これを日本人は理解できないのだ。

日本は、縄文時代から現代に至るまで"大和民族"の国である。

平安時代も、鎌倉時代も、江戸時代も政府は違っても、大和民族の国であった。

だから、"日本の歴史"として語ることが出来るが、支那は違う。

中華人民共和国が出来てたかだか70有余年である。

清国は女真族の王朝で、これまた違う・・・

明国は漢民族と言えるが、奴らの言う漢民族と前漢・後漢の漢民族も別人である。

何故別か?

それがムーランの原作とリンクしているのである。

 

劇中、支那のどの王朝なのか分からないのだが、多分後漢辺り?なのかもしれない。

北方よりフン族が南下してきて、王朝領土内に攻め込んでくる。

フン族=匈奴らしいが、隋は恐らく彼らが作った国である。

「こんな奴らとまともに付き合えるか!!!」と思った我らが聖徳太子はやはり偉人である。

 

そこで皇帝は各村々に徴兵を命じて、対匈奴戦に備えるのだが、ムーランの家には年老いて怪我をした元戦士の父しかいなかった。

ムーランは女であることを隠して、軍隊に行くのである。

女は卑しいと事ある毎に描かれているが、これは支那に限ったことでなく、欧米人の根底にある気がした。

日本は古来より男尊女卑ではなかった・・・

現代社会より男女平等であったと思う。

今の男女平等は、根底から間違っている。

男女平等は、"同じ仕事が出来る"ことでなく、それぞれしか出来ない役割を忠実に果たすことではないか?

そして、お互いの尊敬と尊重であると思う・・・

だから、日本の最高神は天照大神なのだ!!!

 

実写版ムーランを観て思ったのは、良くディズニーは支那べったりというが、ムーランは漢族ではなく少数民族の衣装を着ている。

ウィグル、チベットで21世紀になっても大量虐殺をし続けている中華人民共和国には都合が悪い気がした。

 

劇中気になったのは、何と大臣が直接皇帝に話しかけていたのだ!!!

それは無い。

公の場で皇帝と話せるのは宦官のみである。

そして、地方の町の兵士の生き残りが、都へやってきて宮殿内に入っている!!!!

これも有り得ない!!!!

 

日本にも位があって、初位から正一位まである。

これの数字には意味があって、天子からみて、一列目が一位、二列目が二位といった立ち位置を表していた。

だから五位までが殿中に上がれるが、六位以下は入りきらなかったのだと思う。

だから、五位以上を殿上人と呼び、三位以上を公達と呼んだ。

江戸時代も五位以上でなけば、上様と謁見も出来なかったし、恐らく本丸御殿に上がれなかったと思う・・・

徳川宗家を将軍家と今では言うが、それは大きな間違いで、征夷大将軍は余りにも身分が低すぎる。

だから、足利義満は"公方"を作ったのだ。

公方様は天子様と並ぶと考えたようだ。

江戸時代も実際に公家の太政大臣任官は無かったようだ。

6代目徳川家宣の義父である近衛基熙(もとひろ)が、江戸時代最初の太政大臣であたが、彼は上様の義父だから任官されたのだが、彼の日記に「太政大臣は東武(徳川家)のものだから・・・」という一文があるという・・・

太政大臣が征夷大将軍の役職など欲しがるか???

余談だが、この"武家の棟梁=征夷大将軍"という誤解は、源頼朝公だと思う。

征夷大将軍任官が1192年であるから、鎌倉幕府が出来たと勘違いである。

鎌倉幕府時代はそれより前から存在していた。

頼朝公の奥州征伐を言祝ぎ朝廷は、"征夷大将軍"を追認としたのだ。

これは蝦夷を討つ将軍に与えられる役職で、これがあるから東山道(東北地方)を合法的に支配できたのだ。

これと幕府は別物なのである。

 

話が逸れたが、欧米人は日本や支那の礼儀作法を知らない無知さが現れたと思う。

これも日本には無かったが、"宦官"である。

天子は神の子であるから、人は口をきいてはならない。

人=男と女であり、そのどちらでも無いのが宦官である。

去勢した男性で人にあらずだから、皇帝と口をきけたのだ・・・

宦官にも二種類あって、子供のうちに親が子を高く売るために宦官してしまうのだ。

この場合、欲しい人が多いため高値で売れたという。

男子の宦官は、高貴なご婦人の世話役から、水軍兵の夜のお供と用途も幅広かったが、政治を目指す宦官は覚悟が必要だったらしい。

子供の大きくなって家の後を継いでくれたから、自分はチンポを切り落とし政権の中枢へ行くというのである。

チンポ切り器具まであったというから驚きである。

まあ、鎌みなたいものらしく、それで一瞬でチンポを切り落としたらしいが、念を押されたらしい。

「本当に切るの?」と・・・

切った後、尿道にコルク栓をしてから焼きごてで止血をしたという・・・

そのまま横になっていると、膀胱が異様に大きくなり、三日目にコルク栓を抜き、噴水のように尿が吹き上がれば成功、出なければ"死"であった。

ここまでしてでも政治権力が欲しいのだから、菅義偉が簡単に手放すとも思えない・・・

 

さて、問題は切り落とした逸物だが、たいそうな箱に絹の布に巻いて保管したらしい。

就職するときはその箱を持っていき、チンポの標本を見せたという。

短小の人は、大金を出した巨大なチンポを買わねばならない。

詰まり、切り落とした逸物に値が付き、立派だと高値で取引されたと言うから笑えてしまう・・・

 

西欧では、罰として性器を切り落としていた。

史記を書いた司馬遷も、確か皇帝の不興を買いチンポを切られた・・・

今でも拷問でチンポを切ったり玉を抜いたりしていると訊いた・・・

 

話が大分逸れたが、実写版ムーランは今一以下であった・・・

アニメ版もおちゃらけすぎていた・・・

実写版ムーランの制作前に、「主役を白人女性にやらせるな」と10万通を超える署名があったという。

しかし、支那の黄河文明は、実は白人であったというギャクも忘れてはならない。

それより数千年古い揚子江文明があって、その文明は水田での稲作をしていたが、その民族は大和民族であった。

今から7000年前に、九州の地形が変わるほど(現在の形になった)の巨大火山の噴火で、西海道にいた大和民族が支那大陸へ避難して作った文明が揚子江文明という・・・

その文明と黄河文明が激突して、大陸は戦国時代へ突入し、それが日本列島に飛び火して縄文時代から弥生時代へと進んだという。

文化レベルは下がったのだ・・・

土器の形から観ても分かるが、芸術性より実用的になっているし、服装も地味にあってきたのだ・・・

私は"弥生時代は無かった説"を推している。

言うならば、後期縄文文明である。

 

ムーランを語るだけでも、世界史に発展してしまう。

詰まり、日本史、世界史と分けること自体が愚策である。

縄文文明から勉強を始めれば、世界との関わりがある。

それを勉強してこそ、世界の歴史が理解できるのだ。

平和な縄文前期から中期、それが崩れ戦の世の中になったも日本列島の都合で無く、大陸の情勢であった。

常に、日本は大陸と何らかの関わりがあったのだ。

 

現代でも、支那の動きに世界中が引きずられたいる。

日本は平和呆けしているが、戦いは既に始まっているのだ。

戦闘が戦争では無く、戦争の一部なのである。

 

さて皆さんは、ムーランをどうご覧になるのか?