戦国時代、戦国大名の軍団の多くは徴兵された農民であった。
だからこそ、農閑期にしか戦ができなかった。
先日、そんなことは無いという意見を聞いた。
「上杉謙信は凄い武将で、彼は北関東で越冬したこともある」から農閑期だけしか叩かないは嘘だという。
確かに、例外はあるが、だから皆が皆とは言えないし、もし上杉謙信が凄い人なら「何故彼は天下を取れなかった?」という疑問が沸いてこないか?
武田信玄もしかりである。
そもそも、"上洛=天下"ではない。
上洛とは軍勢を率いての京都見物で、近京の大名なら自分の推す足利一門を公方に立てて権力を握ることはした。
では、今川義元や武田信玄は、それが出来たのか?である。
そして、「織田信長公は武田信玄、上杉謙信と比べればたいした武将では無い」という輩までいる。
果たしてそうか?
私は織田信長公→太閤秀吉殿下→徳川家康公という流れが、どうしても古代ローマ帝国の、ユリウス・カエサル・シーザー→マーク・アントニー→ユリウス・カエサ・ルシーザー(オクタビアヌス)の図式と同じに見えてしまうのだ。
因みにだが、今現在"公"と"侯"がごっちゃになっている。
上杉謙信侯であって、上杉謙信公ではない。
大名諸侯なのだから彼らは侯のじであり、織田信長公や徳川家康公のように天下人には"公"の字が本当である。
豊臣秀吉公は誤りで、彼は準皇族になったのだから"殿下"なのだ。
私の考察だが、武田信玄、上杉謙信は優れた武将であるが、織田信長公は優れた政治家であるといえる。
分かりやすく言えば、武田信玄と上杉謙信は優れた戦術家であるが、織田信長公は優れた戦略家なのである。
では、どちらが上か?
答えは明白で、戦略の方が戦術より上なのだ。
戦略とは大きな設計図であり、ビジョンである。
それを成し遂げるための戦いがあり、そこに必要なのが戦術家となる。
だから、上杉謙信や武田信玄が信長軍に数回勝っても、意味が無いのだ。
何故か?
彼らは既に戦略的に負けていたからである。
では、織田信長公のスケールの大きさを現代の政治家で観てみると、誰もいないのだ。
朝倉、浦上、六角といった大名家が、上洛して足利義晴を奉じるが失敗する。
有名所は三好家が足利義輝を奉じて天下を握るが、その足利義輝をも殺して、自らの傀儡となる足利義栄を擁立しようとするが、主家殺しをした三好家に対して諸大名は憤りを感じたという。
そこで登場するのが織田信長公で、足利義昭を奉じて上洛して三好三人衆を蹴散らしたのだ。
普通の人物であれば、これで良かったのだが、そこが日本人としても型破りなスケールであった。
今現在、23年間の圧政で日本人は金を政府にむしり取られ、実質賃金も下がり続け、経済成長も23年間で約2%と内戦時下の国のような惨憺たる状態である。
そこで、それを何とか政治の力で変えたい!!!というのが、普通の人間である。
それを"天下布武"で、「こんな政府は必要ない」と言って、"倒政"をして新しき幕府(政府)を作る!!!というのが、織田信長公である。
今風に言えば、反政府ゲリラやテロリストである。
しかし、国民目線で言えば、どちらが正しいのか?それは歴史が証明するはずだ。
三好三人衆の様に、足利家の移行を借りるのでは無く、自らの信じる道を行くのが織田信長公である。
これだけでも、武田信玄も上杉謙信も足下にも及ばないのでは?
これを現代において考えれば、どれだけの凄い人か一目瞭然であろう。
昨今の日本人はどうもミクロ的に物事を観て、マクロ的に観る事が出来なくなっていると思う。
コロナ騒も同じで、"新型コロナウイルス"だけを観て騒いでいる。
少し冷静になって、マクロ的に全体から見てみる必要があるのではないか?
例年冬は皆風邪を引くでしょう?
インフルエンザが流行すれば、5000万人以上が感染して、1000万人以上が発症し、1万人の人がそれを起因として亡くなっている。
毎年、交通事故で6000人(本当は倍だとお思うが・・・)に人が亡くなっている。
毎年、肺炎で14万人が亡くなっている。
新型コロナウイルスの感染リスクは、インフルエンザと比べ物にならないほど低い。
これらの事実を考慮すれば、新型コロナウイルスへの対処も分かってくるはずだ。
毎日1000人の感染者で、行動自粛したら、自殺者がどれ程増えるか考えて発言しているのか?と言いたい。
温故知新である。
今こそ、信長公の理念を皆で考える必要があるのではないか?