私が小学生頃、日本中で"私を愛したスパイ"が流行っていた。
昭和52年であるから、小学6年生の冬のことであった。
これを見て衝撃を受けた!!!
12歳の子供が「男子たる者、こうあるべき」と勘違いが始まったのかな?
当然学校のクラスでも007ブームとなり、本を買ったりレコードを買ったりとしていると、TVでも007シリーズが放映され我々は夢中になって観た。
親世代は、007と言えばショーン・コネリーである。
子供はロジャー・ムーアの方だった思うが、やはりロジャー派が多かったのは、ショーンの胸毛であったことは間違いない。
007シリーズを観て、私的に名作を敢えて3本選ぶとすると、サンダーボール作戦、私を愛したスパイ、LIVING DAY LIGHTである。
私を愛したスパイは、12歳の子供の頃の衝撃があるが、サンダーボール作戦は名作中の名作である。
盗まれた核弾頭、鮫、美女とてんこ盛りである。
LIVING DAY LIGHTは、大学生時代に少しハワイに住んでいたが、その時デートで観たから感慨深いのだ。
YouTuberを観ていたらAFI(American Film Institute)の授賞式で、やはりジェームス・ボンドを演じたピアス・ブロンスナーがプレゼンターであって、彼のスピーチを訊いていたら、やはり彼は11歳の時にゴールドフィンガーを観て衝撃であったと語っていた。
5作目の"007は二度死ぬ"では、スペクターの本拠地は九州鹿児島の何処かの設定で、007は国技館にやってき横綱佐田の山から相撲のチケットをもらい桟敷だったかな?に行くと謎の女を発見して彼女を追って行くと罠に掛かり、そこへ登場する日本公安調査庁のタイガー田中は、丹波哲郎であった。
浜美枝さんが巨乳で美人であった衝撃も、小学生の頃に観た007は二度死ぬのTV放映でった。
何とスペクターの本拠地が、霧島の河口でロケットやヘリコプターの出入りの際は河口部がスライドする設定であった・・・
ショーン・コネリーの出演作で面白かったのは、"王になろうとした男"、"レッドオクトーバーを追え"であるし、脇役としてはインディ・ジョーンズの聖杯のパパ役であった。
彼は俳優業を引退していたが、その理由が、ロード・オブ・ザリングのガンダルフ役のオファーが来ていたらしい。
結局それを断ってしまったのだが、"先見の明が無かった"事が俳優としての性が無くなったとしたらしい・・・
彼は亡くなっても、彼の雄姿は今でも観られる。
昨日、1人追悼として、Dr,NOを観た。
今日は"ロシアより愛をこめて"を観る予定である。
ショーン・コネリーに我々に夢くれたことに感謝して、彼の作品を観て哀悼の意を表したい。