先日、家近の鎌倉パスタでランチをした。

面子は、前回北海道ツーリンを一緒に行ったカズちん、ハッシーとSの計4人であった。

彼らとの付き合いは、平成18年(2006)からで、ハーレー仲間である。

 

私が最初にハーレーを買ったのが、2006年の2月14日納車であった。

確か"天中殺"が明けて直ぐに買った記憶がある。

天中殺時に買っていたら、左足が無くなる可能性が大であったと支柱生命の先生に脅されていた。

購入する店を選び、マッキー(彼との付き合いもこの時期から)と打ち合わせをしていると、店の奥に10人掛けテーブルがあって、見てみるとまるで暴力団事務所の幹部連中が座っているかのように恐怖すら感じた。

サングラスを掛けた大柄な連中が黒の革ジャンを着ていて、仲にはスキンヘッドも数人居るではないか!!!!

「やべえ」が真実な感想であったし、「奴らとは連まない」とも思った。

その時に、隣の席に座っていた人に「ハーレー購入ですか?一緒に走りましょう」と紳士的に話掛けてくれた人がハッシーだった。

 

ランチをした仲間で55歳になった私が、一番年若であるが、どうも態度は一番デカいらしい・・・

ハッシーは私の母より一歳若く、Sも74歳、カズちんは65歳であるが、みなチョイ悪オヤジである。

 

買ったばかりの時は、ハッシーと毎日走っていた記憶がある。

彼もハーレーを乗り換えたばかりで、楽しいときであったと思う。

 

そんな中、大事件が起きた。

HOG(ハーレー・オナーズ・グループ)のツーリングパーティーで修善寺に行ったときだ。

ツーリングパーティーは、ホテルに1泊して夜に宴会があって日本全国から集まったハーレー乗りと、酒を酌み交わすイベントであった。

"AtoZ"と呼ばれているジジイがいて、元々西武からハーレーの店に出向していたオヤジで既に定年していたが、世話役として絶大な影響力も持っていた。

彼は西武時代堤義明氏に可愛がられていて、「おい、スキーに行くぞ」と堤氏に言われヘリコプターで苗場スキー場までお供をしていたという・・・

「遊びなら何でもござれ」系のジジイで、ある日堤氏に「A、お前バイクに乗るよな。今度うちでハーレーを売ることになったからお前面倒見ろ」との鶴の一声でハーレー業界に入ったと訊いた。

 

さて、そのAが「カクさん、こっちの部屋で皆で呑んでるから来なよ」との一言から始まった。

部屋割りはハッシー等がしていて、私は"ヤバい"グループとは別部屋であったが、Aが私をヤバいグループの部屋に連れて行ったのだ。

部屋に入ると、既にヤバい連中は出来上がっていて「まあ、駆けつけ三杯」とヤバい連中の親分筋の人からグラスを貰いビールをつがれた。

こうなったら呑むしかない。

呑んだから、ヤバい連中と意気投合して私もヤバい連中となったらしい・・・

チャプターの会長を務めている親分筋の人は、Oさんで、私にハーレーのイロハを教えてくれて、未だに彼の教えを守っている自分がいるのが笑える。

 

それから数年間は、毎週日曜日に店に集まり中華屋の"仲達"に十数人で行ってランチを楽しんだ。

支那の三国時代に陶淵明(とうえんめい)という人が書いた詩に「歳月人を待たず」とある。

あれから10年以上が経ち、皆歳を取り、当時のOさんの年齢に私が追いついた。

当時は知っていた仲間の中には、天寿を全うした人も数人したし、病気でハーレーを降りた人、体力的にハーレーを降りた人と一番楽しかった時代の人々は数人しか残っていない・・・

 

ハッシーとSは、3年前にハーレーを降りているし、カズちんだっていつまで体力が保つかである。

私も昨今の興味がハーレーからMOTORHOMEへシフトしている。

 

しかし、4人集まれば、ハーレー談義に花が咲き、昔のツーリング話で盛り上がるのだ。

 

歳月人を待たず、時は残酷也、しかし、歳を取ることは悪くないと私は思っている。

何故なら今が一番楽しいからである。

 

人間は二種類いる。

「昔は良かった」か「今が最高」である。

死ぬまで楽しむことが肝要だと私は思っている。

ハーレーに乗り始めてから14年であるが、果たしてこれからの14年はどうであろうか?楽しみである。