昨晩、キッチンへ水を飲みに行くと、何かを踏んだ感触が右足の裏から伝わってきた。

キッチンマットを見てみると、ゴキブリの幼生(あの羽のある前の姿)の腹の姿があったが、違和感があったためよくよく観察してみるとなんと蝉の幼生であった・・・

ティッシュで摘まんでみると死んでいるように動かなかったが、そのままゴミ箱に入れる気がせず、雨戸を開けてそとに出してやった。

もし生きていれば今頃蝉のへの最期の脱皮をしているはずだ・・・

昨晩、リビングの雨戸の一枚を閉めたのが11時少し前で、その時何かが落ちた小さな音がした。

当然音の方を見たが何を視認できなかった。

それから20分後に位にこの事故であった・・・

恐らく、雨戸によじ登った幼生が、閉めるときの衝撃でリビングに落ちて頑張って歩いていた所を、私が踏んでしまったであろう・・・

7年間、土の中で耐えて漸く地上に出てきて、陽の光を見る前に私に踏まれた・・・

もし死んでいれば、彼の一生は何だったんだろう・・・

 

しかし、蝉の一生で地上が良いと誰が決めた?

蝉に聞けない以上、それは人間の勝手な想像であろう。

そもそも、地上の蝉の危険度は、土中のそれとは比較にならない筈だ。

木で鳴けば、人間のクソガキに狙われ、カマキリ、スズメバチに狙われ、地上に落ちれば蟻の餌食、空を飛んだら鳥の餌食である。

土中なら木々の根に隠れているため、最悪モグラ以外の敵は少ないと思う・・・

それでも、蝉は力一杯生きて、子孫を残して死んでいくのである。

 

先日、医師によるALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者を安楽死させたと言って、嘱託殺人で医師が逮捕された。

安楽死の問題は、私が小学生の頃に見た"赤い激突"で知ったが、それから42年間何の議論もなく、本人や家族、医師が地獄を見ているといえる。

この患者は50代の女性で、ハッキリ言ってトイレの用足しも風呂も自分で入れない。

ウンコの後始末を他人にして貰わねばならないのは、女性にとってはどれ程の苦痛であったかは想像に難くない。

女性患者の世話は基本女性がするのだが、流石に風呂は男性職員に頼るのが現実だと訊いた。

治る病気ならばまだしも、最終的には"死"なのであるから、死期を自分で決めて何が悪いのか?

ALS患者全てを殺すと入っていないのだ。

生きたい人は頑張って生きていけば良いが、死ぬ権利を主張する人はその権利に応える義務が政府にある。

 

TVのドキュメントを観たことがあるが、オランダでは、安楽死を選んだ人は、死ぬ日を決め、家族を始め親戚や友人を招待してお別れ会をして最期は皆に看取られながら眠るように死んでくのだ。

 

安楽死にも2種類あって積極的安楽死と消極的安楽死である。

今回の事件は積極的安楽死で、薬物を注入して死に至らしめたが、消極的安楽死は、人工呼吸器の電源を切るとかが当たるらしい・・・

事例で言えば、前者は嘱託殺人と取られるが、後者は起訴猶予になることが少なくないという。

 

それなら、何故癌患者に効きもしない抗癌剤を投与しているのか?である。

癌患者の死因が、癌でなく多臓器不全ならば、それは"殺人"では?

要するに、金儲けになる殺人はOKだが、金にならない殺人はNGなのか?

私の知り合いの祖母だが、老衰で入院していて今日か明日かの状態で、「喉頭癌が見付かったから手術させろ」と病院に言われたと言って激怒していた。

このまま亡くなったら金にならいが、喉頭癌の手術をすれば金になる・・・

 

嘘だと思ったら、風邪で病院へ行たときに、「薬要らない」と言ってみれば、医者が嫌な顔をするのが分かる筈だ。

診療だけだと数千円だが、これに薬が入ると1万円を超える収入となる。

効かないインフルエンザワクチン接種も金になる。

 

"生きる権利"と"死ぬ権利"を我々は持っているはずだ。

それを邪魔する警察、検察は憲法違反ではないか?

森掛けをやる暇があったら、早急に国会で法整備すべき案件である。