7月からスーパー等でレジ袋が有料化となった。

環境問題でエコバックを買えというが、それって本当に環境に良いの?とか、レジ袋を止めればCo2が減るの?と誰も議論しないうちに勝手に決まってしまったようである。

 

結論から言えば、レジ袋有料化は、環境問題とは無関係で、企業の負担を軽減して、企業を儲けさせるだけである。

今までは、売り手側がレジ袋を負担していた。

その金額は日本全体では、年間数千億円であったと思う。

その負担が企業から、消費者へ付け替えられたのである。

 

嘘吐き先ずゴミと似非環境運動家に騙されているのである !!!!

支那風邪騒ぎと同じ構図なのだ。

 

そもそも日本は、石油を輸入している。

地下からくみ上げられた原油はドロドロしているが、それを簡単に精製して"石油"としてタンカーで日本に運んでくる。

それを各地の精製所で、石油を精製して、重い物はアスファルトとして道路に使い、重油、軽油、灯油、ガソリンと軽くなってくるのである。

プロパンも石油から作られていて、それを使ったのがプロパンガスである。

何処ぞの馬鹿な船会社が、環境に優しい船を使うと言っていたが、それを訊くと「ああ、環境に優しい会社だな・・・」と思ってしまうが、真実は真逆でとんでもない悪徳会社と言える。

タンカー一杯分の石油を精製するのだから、嫌でも重油やガソリンは出来てしまうのだ!!!!

こられらの内、重油の量を減らしたら、重油が余ってしまうのだ!!!!

売れなければ燃やすしかない!!!

結果、Co2が排出されるではないか!!!!

 

ガソリンが欲しくて、ガソリンだけ作ることは出来ない。

ガソリンを余分に作れば、灯油、軽油も余分に出来てしまうのだ。

日本の優れた技術力で、このタンカー一杯分の石油を無駄なく使う方法を生み出したのだ。

その結果、昭和50年代までは、燃やして捨てるしかなかったポリプロピレンでレジ袋を作ったのだ!!!!

 

私が幼稚園の頃の昭和40年代は、専業主婦が多かった。

主婦の仕事の一つに買物があった。

その時に"買物籠"に財布を入れて買物に行っていた。

これは昔のドラマを観れば当然出てくる普通の光景であった。

買物に行くのだから、買物籠を持って行っていたのだが、徐々に買物の形態が変わってきて、商店街からスーパーへ移行していった。

大量買いするようになると、買物袋をスーパー側が用意したのだ。

そして薄くて買物帰りは保つって、その後はゴミ袋となるポリ袋を開発したのだ。

 

実はポリ袋は、自然に分解されるという・・・

プラスチック製品は、分解しないという嘘が一人歩きして、死んだウミガメを解剖したら胃袋から大量なゴミが出てくる写真を見せられたら"環境問題"が脳裏に浮かぶのは人として当然のことであるが、それの善意を悪用している奴らがいるのである。

 

エコバックなる物を造る方がよほど環境に良くないではないか?

そして、今ではエコバックに食中毒になる細菌が繁殖すると言った笑えるニュースまで入って来た。

因みに私は、買物をするスーパーのクインズ伊勢丹のマイ買い物籠を買った。

大量買いするので、車の積みっぱなしにしている。

万引き防止で、店内の買物中の籠と、精算が終わって袋詰めするまでの籠の色が違うのだ。

レジ袋を買っても、袋詰めするのは自分だったので会計後に時間が掛かっていたが、マイ買い物籠にしてからは、レジのお姉さんがその籠に商品を入れてくれるので、会計後そのまま駐車場へ行けるのである。

紀伊國屋スーパーは、アメリカのように会計の時に袋詰めしているのだが・・・

 

環境問題は嘘と汚い利益にまみれている。

地球温暖化問題と同じである。

京都議定書などさっさと破棄すべきなのだ。

"Co2排出権"がそもそもきな臭い。

地球上の工業施設からの全Co2削減なら分かるが、途上国は除外とか、日本は東欧の国だったと思ったが、その国のCo2排出分を金で買えって意味不明ではないか?

Co2排出量を減らさずに、途上国に付け替えろってインチキ、詐欺であることが分かる筈だ。

この結果、日本の工業力は低下したのだ・・・

ヨーロッパのずるいルールに付き合う必要など無い!!!

80年代後半のF1レースを思い出せば分かる筈だ。

HONDAの一人勝ち出会ったではないか!!!

1600ccのHONDAターボエンジンは、1cc=1馬力を誇っていた。

ヨーロッパのHONDA以外のチームは勝てなかったから、奴らはルールを変えたのだ。

それが"ターボ禁止"であった。

その結果は皆さんのご存じ通りである。

 

地球は温暖化などしていない。

レジ袋とCo2は無関係である。

これが真実である。

もし、ポリプロピレンが余ったらどうするの?

答えは昔のように燃やすのだ・・・・

燃やせば当然Co2が排出される・・・

同じ量のCo2がであるのであるなら、我々の生活を何故不便する必要があるの?である。

 

丹頂鶴が減ったのは、環境問題とは無関係でかるし、朱鷺が絶滅したのも環境問題ではない。

そもそも自然界というなら、里山自体が自然破壊の象徴なのだ。

鬱蒼としていた原野を開拓して、水田を作り、その全土を集めて山にしたのが里山である。

丹頂鶴も朱鷺も明治以降狩り尽くしただけである。

江戸時代は、公方様の御狩場や各藩に殿様の狩場があって、そこは一般人の狩猟禁止であり、もし狩りをしたら死罪であった。

だから、当然野鳥の楽園と化していたのだが、明治以降狩場が解放されて皆で殺戮をしたから絶滅しただけである。

偶々、釧路湿原に越冬しない丹頂鶴14羽が奇跡的に残っていたのだ。

それが現在の丹頂鶴に繋がっているのだ・・・

 

環境問題にすれば儲かるからしているだけで、真実は企業の私利私欲に我々が付き合わされているだけである。

知らない事が罪であることをお忘れなく。