令和2年6月19日に、予定通りバイク旅に出た。
普段当たらない天気予報も、この時ばかりとドンピシャの雨の中の出発であった。
友人のカズチンと家近のコンビニで4時に待ち合わせして、一路外環道の大泉ICから、待ち合わせの常磐道の守谷SAを目指した。
1時間を見ていたら、40分も掛からず5時前に着いてしまった。
ハーレー仲間のMと合流して、一気に240キロ走って南相馬SAを目指すと言うと、Mが「トイレ近いから、もっと手前で止まって」と弱気な発言にビックリしたが、いざ走ってみると、私もとてもではないが、ノンストップで雨の中240キロなどあり得ないことを直ぐに思い知らされた。
私、カズチン、Mとは、それぞれ10歳の開きがある。
私は、この歳でも“若造”であるが、態度は最年長と揶揄されている。
ハーレー仲間のMであるが、この日はHONDAのX-ADVと言うスポーツスクーターで登場した。
Mはハーレー歴史は私より長く、私の知っている限り4代乗り継いでいるが、一台目は高速道路でオイルが噴き出したらしい。
二台目は、ちょっと目を離した隙に盗まれてしまい、落込みに見兼ねた娘さん達に、HXをプレゼントしてもらったが、タイヤ交換後の店の試運転で彼の目の前で転けられ茫然としたらしい。
四台目は、エンジンの欠陥でオイル漏れが直せなかったらしい。
「何でハーレーで来ないの?」とカズチンの問いに「途中で止まってしまうトラウマが‼️」と悲痛な叫びを私は聞いた。
しかし、Mが快調にバイクに乗っている姿を初めて見た感じがした。
ハーレーは、重い‼️
昔、ハーレーに乗り始めた頃、ある爺さんに言われた。
「ハーレーってのはな、ミエでのるもんだ‼️ 熱くても揺れが凄くて疲れていても、涼しい顔して乗るのがハーレーだ」らしい。
私も40代なら出来てきたが、50代半ばになってくると、面倒になってきている。
30代でイタリア製スーパーカーを辞めたのも「何で我慢して車に乗っているの?」と気付いてしまったからである。
ヨーロッパ車を辞めたのは、アメリカでプリウスを買ったからである。
「何ですか?これ?」と初めての日本車にビックリした。
アメリカ人が日本車に乗る訳が分かった瞬間であるし、ベンツやポルシェの日本でのインチキ価格も目の当たりにしてしまった事もある。
話を戻すが、仙台辺りまで雨に降られていた。
去年は仙台港からフェリーで苫小牧入りしたので、13ヶ月振りの仙台となった。
利府をかすめて東北道に合流するのだが、利府と聞くと、“信長の野望”で伊達と戦った(私の作った武将)のを思い出して、思わず萌え〜となる。
花巻に着くと、雨の形跡すら無かった。
予定通り椀子そばを堪能して、Mは引き返して行った。
私とカズチンは一泊目の宿である玉川温泉を目指して田沢湖へ向かった。
田沢湖は、数回行っているが、とにかく人が居ない‼️
支那風の影響なのか、季節外れだからか、去年チャッピーと来た時は、人で溢れていたのだが、これでは日本全国の経済が沈没してもおかしく状態であるのは一目瞭然である。
田沢湖を後にして国道342号を北上して行った。
正に、バイクの為のロードである。
高速カーブが、実に気持ち良いのだ。
通常、カーブの手前で速度を落として、カーブが終わる辺りから加速していくのだが、高速カーブは速度を落とさずに曲がっていけるのである。
玉川温泉まであと5キロ辺りから、雨がパラパラと来た。
カズチンが「カッパ来た方が良いよ」とのアドバイスをくれたので、バイクを止めてカッパを着込んだが、これが大正解‼️
暫く行くと、滝のような雨が降ってきたのだ。
前が見えない正に、ホワイトアウト状態であった。
道は川となっていた。
もしカッパを着ていなければ、パンツまでびしょ濡れであった。
玉川温泉に着くと雨は止んでいた。
恐らく幅1キロくらいの豪雨ベルトがあったのだと思う。
関東だと、やはり草津温泉が一番だが、草津も硫黄泉で酸が強い。
途中にある六合(くに)温泉や四万温泉は弱アルカリ性なので、昔の人は湯治で草津に行ったら帰りに浴びてきて、肌を守ったと聞いたことがある。
一日目は、3時起きの4時出発、玉川温泉着が午後3時55分であった。
653.7キロの旅であった。
ビール一杯と缶酎ハイでダウンしてしまったのは言うまでもない。
つづく
