俗に戦国時代は、群雄割拠していたと言う。
しかし、本当だろうか⁉️
私の“戦国時代”の定義は、中央政府の命令に従わず、地方独立採算時代である。
正に、現代の日本が戦国時代の入口だと言える。
在日に生活保護受給はダメだ、違法だと最高裁判所が言っているにも関わらず、地方自治が勝手に払っているが、日本人は騒ぎもしない。
それって皆んなの税金だぜ‼️
さて、戦国時代の中央政府は、室町幕府であったが、足利宗家の跡目争いから“応仁の乱”が起きて、日本中が戦いになっていった。
政府が争っていては示しが付かないのは当たり前である。
鎌倉幕府が崩壊したのは、遺産分配方法であった。
子供に平等に土地を分けていた。
これって、一見良いように見えるが、実は争いが絶えない火種を抱えている。
現在だって、第二次大戦からこっち、遺産は兄弟平等となって、その結果どうなってる?
兄弟姉妹関係が崩壊していないか⁉️
関東平野全部を持っていた御家人が、5人の子供に平等に土地を分けたらどうなる?
時代が進んで、孫、玄孫の時代になったら?
それで御家人制度が、財政破綻して、幕府が崩壊した。
足利幕府はそれを見て、惣領総取り制度にしたが、惣領の選び方を決めていなかったから、兄弟間の争いが、家臣の権力欲と共に争いになって、戦国時代へと突入していった。
江戸時代は、“惣領は長男”と法で定めた。
生まれの早い遅いは“天の采配”だから、人間は従わざる負えないのである。
しかし、これが正解であったことは、幕府の長さが物語っている。
長男総取りだが、長男は兄弟を見殺しにはしない。
本家は分家が栄えるから栄えるのだ。
さて、話を戻すが、戦国時代は下克上と言われている。
下克上とは、家臣が殿様を殺して自分が領主になる事であるが、実際に主君を殺した例は無いに等しい。
美濃の蝮こと斎藤道三は、主君土岐頼芸を追放したが、殺してはいない。
信長公でさえ、尾張の守護大名斯波義統を追放している。
こうしてみると下克上にも達成要件がある事が分かる。
領主が無能、遊興にふけるとう、領内の政をやらない場合である。
当時は今以上に一族一蓮托生であるから、バカ殿のせいで自分達の身が危ないから、皆でバカ殿を排除する動きである。
つまり、聖徳太子の定められた17条の憲法の第一条、“和を尊べ”なのだ。
“大和”この漢字が読めない日本人はまずいないが、大きな和と書いて“やまと”と読む。
これは当字である。
普通に読めば“だいわ”であるが、ヤマトの国は皆で話し合って運営するという心が込められて“大和=やまと”とした筈だ。
ヤマトの国を漢朝(支那の漢)の文字を当てると邪馬台国となる。
これを“やまたいこく”と発音するから訳が分からなくなる。
“やまど”と発音すれば、我々の国を指しているのが分かる。
因みに同じ時代に今の関東平野に“日本国”と言う別の国があったらしい。
これは唐時代の書物に書かれているから間違いない。
九州に邪馬台国、関東に日本国らしい。
魏志倭人伝の出発地点を間違えているから、畿内説が出てくる。
当時の“倭の国”は今の北朝鮮辺りが支那との国境であったからである。
これも古代の支那の文書に書かれている。
話を戻すと、日本人が談合が好きなのは、17条の憲法から来ている。
ゼネコンの談合も同じで、日本精神は勝ち過ぎない。
富は分け与えるであるからである。
ここが理解できない欧米の圧力で談合撲滅とかマスゴミが騒いだだけだ。
事実、談合禁止が騒がれてどうなった?
金が市場に回らなくなっただけだ。
昔は官製談合で値段が決まっていたから、余った金はドカタまで行き渡り、毎晩皆んなで飲んだらしい。
その金が日本中を駆け巡り、最終的には税金としてまた戻ってくるだけのこと。
談合なしにガチンコ勝負したら、地方の土建屋などひとたまりもない。
県の発注は県民に還元したいのは理解できる。
でも談合禁止なら東京の大手が持って行ってしまうでは無いか⁉️
県民の税金が東京へ流れる。
これではその県の経済が破綻してしまう。
だから、談合は必要なのだ。
戦国時代だって敵同士だって、談合していた。
中央高速に談合坂サービスエリアがあるが、談合坂の謂れは、諸説あるが、武田、今川、北条がここに集まって談合していたことに由来するときいた。
実は江戸時代は、下克上のような事は行われていた。
これを“殿様押込”と呼ぶのだが、余りにもバカ殿だと、重臣達で談合してある日、殿様を座敷牢に入れて、家督相続の願いを幕府に提出するのだ。
流石に、家老が変わって領主になる事は無かったらしいが、弟とか叔父とかなら問題無かったようだ。
幕府も本来は違法行為だが、それで藩がまとまるなら大目に見ていたようだ。
しかし、内乱になったら改易となる。
だから、浅野内匠頭の家老、大石内蔵助の昼行灯はここに尽きるのだ。
長矩を押し込めて弟にすべきであったのだ。
その点で言えば、大石内蔵助は家老失格であると言える。
浅野家家中と言っても、長矩に仕えている家臣は少ない。
大石内蔵助等は、家柄家臣であって、赤穂浅野家に仕えていて、浅野内匠頭長矩に雇われているわけでは無い。
今で言えば、会社の社員だが、社長に直接雇われたのか、会社に雇われたのかである。
社長大事と会社、どちらが大事なのか?である。
内匠頭が暴走するなら、内匠頭を切ってでも赤穂浅野家を守るのが、大石内蔵助の仕事であった。
こうみると大石内蔵助は、仕事が出来ない奴と言える。
赤穂浪士は別の機会に詳しく書くとして、戦国時代は、群雄割拠していて、皆が天下を狙っていたは、嘘である。
現代人は簡単に天下を語るが、我々の誰が天下を狙っているの?
天下を狙って、今の政府自体を潰して、新政府を作ることである。
先ずは陛下きら、新政府樹立の宣下を受けねばならない。
もし、頂けたら、今の政府は政府でなくなり、逆らえば1000年先まで朝敵となる。
確かに言えることは、戦国武将はあの時代を一生懸命に生きたと言うことである。
だからこそ、現代に我々が存在しているのだ。
節分が終わり立春である。
神事の新年である。
日本人として、戦国武将も我々も根底は変わらないと思う。