“元”と国をご存知であろう。
鎌倉時代に日本に攻めてきた“元寇の役”は、有名であるが、それを退治した北条時宗公が、英雄として祭られていない日本は変な国である。
もし、日本が征服されていたらどうなったか、想像してみれば、北条時宗公がどれ程の英雄か理解できるはずである。
歴史の教科書では、「神風が吹いたために元が負けた」と習った記憶があるが、元軍は何で船に居たのか⁉️と疑問が起こるはずである。
答えは簡単で、日本の武士が強過ぎたからである。
今の戦争も同じで、アメリカ軍なら海兵隊が強行上陸して敵を後退させて基地を作り、そこに陸軍がやって来て、敵地奥へと進軍していくのだ。
元寇も同じで、博多湾から博多へ上陸して前線基地を作ろうとしたが、武士軍団に潰されて、博多湾の艦隊上で野営していたが、これも夜中に水軍が小舟で元寇の船を焼討ちしたので、彼らは博多沖の島付近まで退避していたところに台風急の低気圧がきて全滅したのだ。
その時の元の皇帝はフビライハーンである。
彼はチンギスハーンの孫であるが、チンギスハーンは、元を作った皇帝か?
蒙古という言葉があるが、モンゴル帝国と元とは、無関係であたったと言うのだ‼️
これは私もビックリだ。
先ず、モンゴル帝国があって、それはユーラシア大陸から東ヨーロッパまで支配した一大帝国であった。
ヨーロッパまで征服して行ったのは、モンゴル帝国2代目皇帝オゴディの時だが、彼の死を聞いた前線部隊は進軍を止めて引き返してしまったらしい。
もし、オゴディの死が半年後であれば、ドーバー海峡まで届いていたと言われている。
総司令官は皇帝の従兄のハドゥーと言う人物であった。
何で総司令官は進軍を止めてモンゴルに引き返したのか?
恐らく跡目争いのためだと思う。
チンギスハーンからオゴディハーンに帝位が行くまでに、何と2年も掛かっている。
どうも、部族長らによる選挙で皇帝を決めていたらしいので、時間が掛かったようだ。
フビライはモンゴル帝国の5代目の皇帝であるが、このモンゴル帝国が元になったわけではないのだ。
何と内紛でモンゴル帝国が、5つの国に分裂してしまった。
その中の今の支那の位置にあった国が、元となったという。
詰まり“元”の初代皇帝が、フビライハーンなのである。
詰まり、ここまで我々は嘘の歴史を教わって来たのだ。
日本の様に、同じ国だが、時代によって“政府”が変わって来た歴史とは異質な歴史なのだ。
そう考えると、現在の政府がダメなら新しい政府を国民の手で作るのは日本の正しい流れだが、他から見れば日本が異質なのかもしれない。
私がなぜ“支那”と呼称すのかお分かりのはずだ。
“中華人民共和国”は、昭和24年に建国された国である。
“中国”の歴史ってたかだか“70年”しかないのだ。
その前は“清王朝”だが、これは女真族の国であって明らかに民族が違う。
因みに“元朝”は滅んでいない。
現在でも残っている。
モンゴル国である。
支那は“秦”のことであり、これが“China”の語源である。
秦を滅して“漢”が出来たが、この時の漢人と中華人民共和国が言っている“我々漢民族云々”は、民族的には残念ながら無関係と言う…
日本人の先祖は、世界最古文明である縄文文明を作った縄文人である。
ここが、日本以外の国とは違うのだ。
日本という不思議な国の歴史を調べれば調べるほど、如何に嘘の歴史で当の我々日本人を騙しているのかが分かる。
歴史はミステリーなのだ。