先日、"おんな牢秘図"なるDVDを買って観た。
なんか、変に期待してしまうが別にピンク系ではなく、なんと主演は田村正和である!!!
江戸時代の長崎の話であるが、長崎奉行所管内に女性ばかりを収容した島があるという話である。
14名の女囚がいて、重労働を課せられ、時には役人の慰み者にもなってしまうのであるが、まあ大映映画の娯楽時代劇風の物語としては面白かったが、田村正和が最後まで情けない役であった・・・
江戸時代の島流しは、別に現代の懲役刑とは違い労働は無かったのだ。
ただ、「この島から出てはならない」の決め事以外は自由であった。
金持ちならば、使用人を連れてくることも大金も持ってくることも出来たし、八丈島ならば家も買えたし、島民との交流も出来た。
だから、島で苦役を・・・はフォクションである。
佐渡島へ流されるのは、島流しではなく、佐渡金山送りであったから、これは苦役が待っていた。
今の佃辺りの寄場は、刑務所で的なものではなく、強制職業訓練学校的な要素であった。
殺人犯を野放しにはしなかったよき時代であった。
穢多非人も半ば隔離されていたが、これは一つの単語ではない。
穢多と非人である。
非人とは、"人にあらず"これは島流しから御赦免になってヤクザ者で、当然犯罪者は又犯罪を起こすかもということで、人々から離れて住んでいた。
今だって、殺人犯が仮釈放で隣に引っ越してきたら嫌だと同じである。
問題は穢多である。
穢多のルーツはどうも朝鮮半島民らしい・・・
今でも北朝鮮の漁船が日本海沿岸に漂着しているが、これと同じようなことは昔からあったのである。
李氏朝鮮時代は正に生き地獄で、両班以外は人にあらずであったので、当然脱出したであろうことは、脱北者が絶えない現代からも想像できる。
漂着した土民が、行くのは当然村であるが、村人も言葉が通じないから仲間身は入れないが、日本人はいきなりは殺さない。
だから、橋の下や川縁に住んで良いとしたという・・・
当然村人の嫌がる仕事を率先してしたに違いない。
それで食料を貰ったていたであろう・・・
しかし、穢多は江戸時代に実は特権を貰っている。
ウィキペディアも間違っているが、穢多は奴隷ではない。
それどころか、幕府から特権を得ていたのである。
その特権とは"埋葬する仕事"であった。
身分の上下に関わらず人は必ず死ぬが、その死んだときに墓地に埋めるのは穢多しか出来なかった。
一般の人々が埋葬したら逮捕である。
今も我々が勝手に遺骸を焼いたり埋葬したら逮捕と同じである。
埋葬料も決まっていたであろが、彼らは金持ち(町人)からはお金をふんだくれた・・・
現代の葬儀屋と同じである。
値段が有って無いのと同じである・・・
「直ぐに埋葬して欲しければ百両だしな」とか、「お宅の旦那は生前、俺たちを馬鹿にしていたから腐るまで埋葬してやらない」と言えば、遺族はいくらでも出したであろう・・・
実は、吉原の夜の帝王はこの穢多連中であっと言うのだ・・・
座敷で女性を集めて飲めや歌えをやるには金が掛かる。
当然、一般人には払えないから、大店の旦那衆になるが、頻繁に吉原通いが出来る旦那衆となれば隠居した人たちになる。
若旦那衆は当然毎日仕事で有る。
すると、若者で吉原通い出来るのは、現金を持っている穢多衆になるという。
当然、昼間の穢多は着物も決まっていたが、陽が落ちることにはお洒落をして出かけていったらしい・・・
では、何故現在、同和だと騒ぐかというと、明治で穢多制度が終わり、職業を選ぶ自由と身分制度が廃止された。
だから、当然彼らの特権も無くなったのである。
半島で行われている被害者ビジネスの走りであった・・・
あちらを立てればこちらが立たずということである。
