音楽とは不思議なもので、昔の曲を聴いていると、誰と何処で聴いたまで思い出しす。
杉山清貴&オメガトライブの"さよならのオーシャン"を聴くと、学生時代にハワイに居て当時ハワイに住んでいた彼女と夕日に染まる海沿いの道をドライブしていた記憶が蘇る。
さらにヤバいのは宇宙戦艦ヤマトの曲で、"無限に広がる大宇宙"(綺麗なお姉さんのスキャットのやつ)を行くと、中学生時代に友人宅で皆で宇宙戦艦ヤマトを観ていた頃の自分に戻ってしまう。(宇宙戦艦ヤマト自体は小学生の頃に初回TV放映)
私と同世代の男性諸氏も同じだと思う。
我々青少年の心を鷲掴みにした女性は、森雪とアンヌ隊員であろう。
アンヌは"友里アンヌ"というらしい・・・
最近でも私の友人も飲んでいると「ダメダメ」とアンヌに言って欲しいと言っていた・・・
ウルトラセブン談義は次回へ送ろうと思う。
今日は、先日手に入れた手塚治虫プロ制作の成人アニメ映画についてである。
千一夜物語、クレオパトラ、哀しみのベラドンナの三部作である。
千一夜物語のアラジンの声は青島幸男である。
彼は東京都知事にもなったが、結局は彼の無責任ぶりを発揮して最低最悪の都知事であっと私は思う。
思い出して欲しい。
彼の作詞した曲を!!!
「金のない奴あ、俺んとこへ来い。俺もないけど心配するな〜♬」である。
植木等の無責任野郎シリーズを観れば一目瞭然であった・・・
まあ、劇中のアラジンも氏と同じように無責任野郎であった。
しかし、一番納得のいかない、後味の悪さと言えば、哀しみのベラドンナであろう。
この映画転けて虫プロは倒産したという・・・
物語は中世ヨーロッパで封建領主と教会の支配する世界が舞台である。
主人公ジャンヌは愛する夫と結婚して幸せな人生をスタートと思いきや、なんと領主に"処女権"を行使されてしまう。
日本では聞き慣れない処女権だが、当時は教会の教えもあって婚前SEXはタブーであった。
女性の処女を奪う権利は、夫ではなく領主にあったのだ!!!!
ジャンヌは村一番の美人であったため、貴族達の慰み者となってしまう・・・
ここでも"主人公は美人"の鉄板鉄則発動である。
ブスだったら、領主の処女権行使は無ったはずである。
ディズニー映画の白雪姫、シンデレラ、プリンスオフペルシャ、アラジンと主人公の女性がブスなら物語すらならない・・・
ジャスミン王女がブスなら、アラジンも恋などしないし。
実写版アラジンで、不細工な王女と空飛ぶジュータンに載って、歌など歌えるか!!!!と言いたいが、実社会であれば俺なら歌うかも・・・
さて、ジャンヌは哀しみの余り心の隙間に入り込んだ悪魔と取引をしてしまう。
悪魔を受け入れれば(悪魔とSEXするみたい)、人生バラ色というわけである。
ジャンヌは受け入れるが、当初は鰻登り的に上げ潮だが、更なる不幸が彼女を襲う。
すると更に悪魔が「私の妻になれ」的な申し出に彼女はそれも受け入れる。
王を凌ぐ人気と黒死病を治せる薬の調合を悪魔に教わり、人々を助けるが、結局は火刑にされて終わる・・・
夫も彼女を助けようとするが、串刺しにされてしまう・・・
これを観ると心の持って行き場がないのが分かる・・・
確かに転ける。
最後は数百年後となりフランス革命を女性が導いた的に終わるが、バスティーユ監獄の襲撃は、フランス革命とは無関係である事実を知らないらしい・・・
バスティーユ監獄は主に境界に逆らった人々が幽閉されていた所で、バスティーユを打ち破った人民は「国王万歳」と叫んでいたらしい。
全て池田理代子女史の"ベルサイユの薔薇"の罪と言わざる終えない。
実は、ヨーロッパは"アンチクライスト"なのである。
国王は常に教会と対峙しており、人々を抑圧し続けたのもローマカトリックであった。
魔女狩りを考えてみれば一目瞭然である。
ルネッサンスを考えてみて欲しいが、回顧である。
何時の時代への回顧?
ギリシア・ローマ時代である。
詰まり、キリスト教が現れる以前の世界への回顧なのだ。
そして、ベートーヴェンの交響曲9番の歌であるが、これもアンチクライストであり、歌の中で"Tochter aus Elysium"(エリジウムの娘)とある。
これは女神イナンナの事で、古代シュメールの女神である。
となると、天照大御神を指していることになる。
前にも書いたが、現在のローマ法王フランシスコは、イエス・キリストはルシファーの子であると認めている。
ルシファー=ポセイドン=須佐之男命である。
何故ルシファーが悪魔の王なのか?
それは神々に逆らったからである。
古事記を読めば分かるが、須佐之男命も天照大御神を初めとした高天原の神々と諍いを起こしている。
詰まり、世界中の宗教の根は一つであるということである。
さて、話を戻すが、ジャンヌは悪魔と取引をして一端は良い方へ行くが、最終的には破滅するのである。
これって、"笑ゥせぇるすまん"の喪黒福造と同じではないか???
登場人物は何かしら悩み事があって、喪黒福造と知り合い「無料です」といって品物を受け取る。
最初は良いが、最終的には破滅する・・・
ということは、喪黒福造は悪魔ではないか?
教訓として、「甘い言葉には裏がある」ということである。
哀しみのベラドンナを観て、甘い言葉には裏があるを思い知らせるとは・・・