数年前にMOTORHOMEで山形県の碁点温泉jへ行った。
その前日に大雨が降ったようで、河の水も多く流れも速かった。
"五月雨をあつめて早し最上川"という松尾芭蕉の句を思い出した。
その河こそ最上川であったからである。
私の母が地上波の芸能人が俳句を作って採点される番組が好きで観ているが、そのお粗末さに私は笑ってしまう。
そもそもそこに出てくる"先生"なる女性も「本当に上手いのか?」と思ってしまうからである。
友人に「下手くそだ!!!」とその番組全員を馬鹿にしたら、「何い言っちゃんてんの?」と逆に責められた。
松尾芭蕉と"そこらの先生"を比べること時代ナンセンス!!!と言われた・・・
確かにその通りで、絵画画を描くのが上手いと言われてりう人たちに「お前ら下手だ。レオナル・ド・ダヴィンチと比べものにならない」と言っても、ダヴィンチと比べる方がおかしいとなるわけだ。
"古池や蛙飛びこむ水の音"の蛙は、何ガエルか?と検証する番組を観た記憶がある。
ガマガエルだと"チャポン"ではなく"ドボン"とか、当時の深川だとトノサマガエルは居なかったので、アカガエルであろうと結論づけていた。
"閑さや岩にしみ入る蝉の声"の蝉は何ゼミか?と小学校の頃の国語の授業で話題になったことを覚えている。
アブラゼミやミンミンゼミと言った声もあったが、つくつくぼうしという子もいた。
ミンミンゼミの鳴き声だと芭蕉の句の雰囲気に合わないとか担任の教師が言った。
その答えを知ったのは、40代になった時であった。
ハーレーで山寺行ったときに、蝉の声を聞いた。
蝉の声はニイニイゼミであった。
東京の石神井だとニイニイゼミは初夏に鳴く蝉であって、アブラゼミより一廻り以上小さい。
(左からニイニイゼミ・ミンミンゼミ・アブラゼミ)
最近気が付いたが、蝉の棲息図が大きく変化しているのだ。
私が小学生の頃、上石神井ではアブラゼミが主体で、ミンミンゼミは超レアであった。
ミンミンゼミの鳴き声が聞こえると、網と籠を持って家を飛び出していき、音を頼りに捕まえに行ったものである。
因みにつくつくぼうしは、お盆休み前後に現れ出す晩夏を伝える蝉である。
それがここ数年、ミンミンゼミの大攻勢である。
我が家の庭も朝から蝉の大合唱でるし、ミンミンゼミの鳴き競いが見事である。
それに負けじとアブラゼミも頑張っている。
しかし、昨晩夜トイレに行くと、コオロギが何始めていた。
秋がそこまで来ているのを感じた。
恐らく乱開発で雑木林が無くなり、生き残った蝉たちが、緑ある地に集まってきているからだと思う。
面白もので、子供の頃石神井の自宅から5キロほど離れた田無に親戚がいて、夏休み中に泊まりに行ったが、田無にはつくつくぼうししか居なかった。
伊豆半島に行けば、クマゼミの独壇場である。
蝉の分布は実に興味深い。
蝉は土の中で一生の大半を過ごし、最後に3日から7日くらい外に出てきてその生命を謳歌している。
しかし、蝉にとってはどちらが良いのであろう?
土の中以上に地上は危険に満ち溢れている。
空を飛べば鳥に狙われ、木で鳴いていれば、人間のクソガキ共に狙われ、地面に落ちれば蟻に狙われる・・・
先日、庭で水まきをしていたらツツジの枝の中につくつくぼうしが迷い込んでいるのが見えた。
助けてやろうと葉をどけると、カマキリに捕まっていたのだ・・・
「南無阿弥陀仏」を唱えることしか私には出来なかった・・・
そうと思えば、幼生から脱皮出来ずに死んでいたのを見つけたし、成虫になったのは良いが、片羽根に障害がある蝉も見つけた・・・
元気良く鳴いている蝉は、こういった危険を掻い潜ってきた強者なのである。
蝉も人間も命や魂に優劣は無く、天から与えられた使命を全うしているのである。
この点から言うと、我々人間より蝉の方が命を頑張っていると言えるのではないか?
蝉の季節が過ぎ去り、コオロギを初めとする秋の虫たちの出番が違いのである。
蝉に負けないように頑張るぞ!!!!
