先日、上野の東京都美術館に"クリムト"展を観に行ってきた。

これは有名なユディトという絵でるが、この他に"接吻"という有名絵画もあるが、今回接吻は来ていなかった。

これらの絵画を見ると、ヨーロッパ的で無く、まるで狩野派の襖絵を見ている気分になる。

 

明治時代「文明開化」という言葉と共に社会の欧州化が始まった。

この"文明開花"という言葉自体が、自虐史観であるのだ。

では訪ねるが、明治元年まで日本人は未開な土人であったのか?

裸族で狩猟をしていて木の上に住んでいたのか?

原始人だったのか???

 

否、日本には開闢以来2000年以上に渡る大和民族の文化文明があった。

ヨーロッパ人達が獣の皮を羽織り臭く、生肉を食べていた時代、我々の先祖は"香合わせ"を楽しんだり、蹴鞠をしていた。

国王が手掴みで食物を貪っていた時代、日本は箸を使い、食事の作法があった。

これでも文明が無かったのか?

江戸時代、旅行が町人に間で流行となる。

お伊勢参りなどであるが、この時お金はどうしたか?

当時は、文、朱、分、両であったが、"4000文=16朱=4分=1両"であり、1両が1円となった。

一般的な町人であると当然普段使っているのは文の単位であり、これを旅に持って行くとなると・・・

又、大枚を用意しても普段持ったことのない小判を持つのも、我々が帯封された万件をいくつも持っていくのと同じようで不安だったと思う。

ではどうしていたか?

江戸時代には既に"為替"が存在していて、江戸の両替商にいって5両を為替にしてもらい、それを持って御伊勢に向かった。

途中で現金が必要になれば、小田原の町の両替商に行って必要な分を現金化して残りを又為替にして貰えたのだ。

今風に言えば"キャッシュレス"であろう。

世界初の先物取引は徳川吉宗公が始めたらしい・・・

これでも未開だったのか?

 

江戸時代後半に、イギリス人達が江戸の街にやってきて一番驚いたのは、その清潔さだったという。

ゴミどころか糞尿すら無かったという・・・

当時のヨーロッパのパリやロンドンは、ゴミどころか糞尿だらけであった。

ハイヒールは、パリの街を歩くときにうんこを踏んでも良いように出来たという話は有名だし、ベルサイユ宮殿にはトイレが無く、女性はオマル、男性はタチションであった。

ここでいう男性とは貴族であるから、庶民は更に凄いことになっていた事は想像に容易い。

だから、ペストが流行るのである。

 

更に驚いたのは、子供が赤ん坊を負ぶって本屋の店番をしていた。

これはヨーロッパの何処でもよくある光景であったが、ヨーロッパ人等を驚かせたのは、その店番していた女の子が店の商品である本を読んでいたことであった。

19世紀のヨーロッパの一等国であったはずのイギリスでさえ、識字率は13%程度であったのに、日本は80%を超えていたのだ。

それだけでもビックリ仰天なのに、その少女は客に本を売ってお金を受け取り釣り銭を即座に渡したことに驚いたという。

「字も読めて計算も出来る!!!!」それも庶民が!!!!である。

 

これでも未開だったらしい・・・

 

我々は嘘の歴史を自虐史観の観点から刷り込まれている。

江戸時代は鎖国していたと言うが、日本は鎖国してはいなかったし、貿易をしていた。

事実書物や食料品も入ってきたでは無いか?

キリスト教も禁止してはいない。

禁止したのはカトリックであって、プロテスタントは良かったのだ。

何故カトリックを禁止したのか?

それは日本が貿易国として選んだのが、イギリスとオランダであったため、ヨーロッパの宗教戦争が日本でも影響したからであった。

 

古伊万里は輸出され、ヨーロッパでは高値で売買された。

柿右衛門の白が人気があり、ヨーロッパの陶磁器職人達はその白を研究して、行き着いた先が牛の骨を混ぜる"ボーンチャイナ"であった。

更にヨーロッパの芸術家を驚かせた物があった。

我々がガラス製品や陶磁器を包むときに新聞紙を使うが、当時も日本からの陶磁器にも古紙が使われていた。

あるときその包み紙を見た人がビックリ仰天したという。

何と浮世絵であったのだ。

日本では大量に刷られていらなくなればゴミとなるが、ヨーロッパではその構図や色彩に打ちのめされた。

印象派のマネー、モネ、ルノアール、はたまたゴッホまでが、浮世絵に魅せられインスパイアされたのだ。

それでも文明開化???

 

クリムトはヨーロッパ巡業中有であった"川上貞奴"のショーを観ていた。

彼女の起居振舞から着物の柄まで全てに打ちのめされたらしい。

だから、クリムトの絵を観ると、懐かしさを覚えるのかもしれない。

彼の目を通して再現された日本であろう。

私個人的には草刈正雄主演の"汚れた英雄"を思い出すのだが・・・

 

当時ヨーロッパはジャパネスクであり、日本人の芸術家がパリに行きたいと思ったように彼らも日本に来たかった。

文明がクロスオーバーしただであろう・・・

日本人は舶来品に弱いから・・・

 

良く言う欧米化するとは、日本を劣化させることを意味している。

昔は家の鍵を掛けなくても安心であったという。

欧米化すれば、女性は夜歩けなくなり、車で信号待ちしていると強盗がやってくる。

それが欧米である。

我々の理屈「話せば分かる」は当然通用しない。

 

日本は日本で良いのだ。

そう思うことが自虐史観からの脱出の一歩だと思う。