5月4日、新帝陛下の初のお目見えであったので、御即位を言祝ぎ為に、皇居へ行ってきた。

朝8時頃に家を出て、地下鉄東西線の大手町駅から皇居へ向かった。

9時前には着いていたが、既に行列が出来ていた。

まさかその時点で4万人以上の人が既に並んでいたとは、夢にも思わなかった・・・

 

皇居前広場は既に多くの人が、待っていた。

日差しが強く、警察官も必死になって働いていた。

もしここで失敗したら、彼らの一生は露と消えてしまうだろうから、一生懸命であった。

皇居外苑で待つこと2時間、私の並んでいた行列が動き始め、正門石橋を渡り、180度ターンをして二重橋を渡り、長和殿の前の広場にである。

ここはTV等で見た景色であった。

皇居外苑からここまで30分は掛かったが、陛下の12時からのお出ましまでまだ20分もあった。

この暑さで何人かが倒れ、タンカー等で運び出されていった。

そうそう、御門を潜り皇居内に入ると、そこは木っ端警察官も入れない、皇宮警察、正式には皇宮護衛官というが、皇宮護衛官からすると、警察官は下々的存在らしい・・・

確かに、肩から下がるモールにプライドが垣間見えるし、直立不動の護衛艦までいて、それが素晴らしいのだ!!!!

 

しかし、陛下を御観申し上げる前に倒れる輩は、残念ながら令和の時代に良いこと無さそうである・・・

 

そうそう、皇居外苑広場で待っていたときだが、恐らく数万人は居たと思うが、江戸時代、上様の公式日光参拝の折のお供の数は13万人であり、先触れが宇都宮城に着いたとき、後発部隊は江戸城にいたというから、その規模が分かる。

奥州街道沿いの宿場町も大賑わいで、本陣、脇本陣も凄いことになっていたという・・・

「上様は何処の本陣にご宿泊か?」と思ったら、上様は本陣ごときにお泊まりにならず、途中の城の本丸にお入りになられたという。

 

宇都宮城も本丸御殿は上様のための御殿であり、四方にあった櫓の御殿を見下ろす位置には窓がなったというのだ。

 

陛下のお出ましと共に、一同「天皇陛下万歳」の声が一世に上がった。

陛下のお言葉に感動した。

皆3時間以上立ちっぱなしでも、誰一人として文句を言う者もなく、粛々と列を作り順番を待っていた。

叙勲を受けるときもそうらしい・・・

 

待って、待って、待って、待って、陛下の御前に大勢が進み、代表が叙勲を受けて帰ってくる・・・

3時間半経ちっぱなしで、陛下を見上げていたのは5分ぐらいであったが、良い経験をしたと一同満足であった。

 

手術したばかりの足も忘れた半日であったが、皇居から出ると足が痛く感じたため、タクシーに乗って帰宅した。

 

令和の御代が幸せでありますように!!!と願うばかりであった。