先日、右足首骨折の時に入れたプレートの除去手術をした。
前年の骨折時は、救急車で富良野協会病院へ運び込まれ、緊急手術となったので、何が何だが分からないまま病室にいた感じだった。
この富良野協会病院は、あの“北の国から”の最終話“遺言”で蛍の働いていた病院である。
五郎が梅干しの種を飲んで、体調不良になり全身検査した所である。
今回は、プレートを取ると自分の意思で来たので、病院内の景色が違うのだ。
まあ、当時は車椅子目線であったし、手術室まで歩いていった。
「ここ覚えていらっしゃいますか⁉️」と旭川産の可愛い看護婦さんに尋ねられると「何となく覚えてるな〜」と返事をした。
入院すると名前とバーコード付き腕輪を退院まで付けさせられ、点滴するときも薬剤ボトルにも私の名前とバーコードが付いていて、看護婦さんはハンディタイプの端末でそのバーコードをスキャンし、私の腕輪もスキャンする。
こうして間違えを防いでいる。
手術室に入ると、名前とどちらの足を手術するかを聞かれた。
服を脱がされ背中に針を刺し、下半身麻酔を掛けたが、そのポイントを探すのが麻酔医の仕事である。
相当深く刺すみたいで、先ずは表面麻酔をしてから30分くらいかかったと思う。
それも下半身のみ、右足首を重点的に効くように薬を調合していると聞いた。
暫くすると足の感覚が無くなった。
すると、1人の看護婦さんが冷蔵庫から薬瓶を持ち出し、私の身体に当てて冷たく感じるかを尋ねた。
その時、そこに例の永沢くんがいて、痛点と冷たさを感じる点が同じであると私に語りかけた。
そして施術が始まったのだが、今ここで一番恐ろしい事は何だろう⁉️と考えてしまった。
それは、途中で麻酔が切れて、悶え苦しむことかな〜と自問自答してしまう。
手術が終わり病室に帰ってきて、晩御飯を食べ終わったあと、股間辺りに違和感を感じだ。
「オシッコちびったのかな⁉️」と言う感覚である。
既に左足の指は何とか動くようになっており、右足の指も動き始めていた。
しかし、太ももの後ろ側には全く感覚が無い。
パンツを確認すると、「あれ?オムツしてる?」と思った。
いつオムツを履いたのか記憶に無かった。
恐る恐る股間を触ると、オチンチンに袋を被せられている感覚があった。
「オシッコもらしても良いように付けられたのかな〜⁉️」と思ったが、見てみようとベッドを起こしてズボンを下げると、そこにあったものは何と金玉であった‼️
金玉2つがあり、竿が玉の下側に行ってしまっていた。
何とオチンチンの感覚がないのだ‼️
尿意を感じたので、ナースコールしてトイレに行くことにした。
施術後は車椅子使用であったが、とりあえず立ち上がって歩こうとしたらそのままベッドに座り込んでしまった。
太腿後部が麻痺しているため、歩けないのだ‼️
便座に座ると、まるでふかふかな座布団に座っている感覚であったし、オシッコも出ないのだ。
看護婦さんにオシッコが出なかった事と、お尻の感覚がないし、オチンチンの感覚もない事も告げた。
看護婦さんは、膀胱内の尿の量を量るハンディエコーも待ってきて、私の尿の量を量ると250ccであった。
「500ccを超えて出なければ、カテーテルを使いましょう」と言って看護婦さんは部屋から出ていった。
もし、オチンチンに感覚が戻らなければ、勃起も出来ない‼️
詰まりSEXが出来なくなると言う事である。
私は前々から勃起しなくなったら、出家しようと考えていた。
物は考えようで、女性と交れなくなれば、この世界の経済の流れ、悪しき習慣からおさらば出来るのだ。
この世の全ての欲は、色と関わっている。
女性にモテたいから金持ちになり、良い服をきて、お洒落して、高い車を買ったりと全ては女性の為なのだ。
しかし、それが無くなれば、自分と向き合い、自然と向き合い、哲学を勉強したり、最後は仏法を学んでいける。
その先には神仏との対話が待っているのだ。
何と素晴らしい事だろう‼️
寝る前にナースコールをして、トイレに連れて行ってもらい、便座に座ると今度はチョロチョロとオシッコが出た。
私は個室にいるので、トイレはベッドから2メートルくらいの位置にありるが、ここを一人で行けない。
看護婦さんに付き添われ車椅子で移動するのだ。
どうあれ、オシッコが出た事は喜ばしい事であった。
このまま、感覚が戻らなかったらとか考えながら悶々と夜を過ごした。
次の日、朝起きると全ては元どおりであった。
取り越し苦労であった。
やはり、身体が弱ると精神状態も弱ってしまうのだ。
ああ、いつになったら解脱出来るのであろうか⁉️