先日、無事に右足首から、チタン製プレートとネジを取り出せた。こんなのが10ヶ月間も私の体内にあったとは信じ難いものがあるが、このプレートのお陰で足が治ったのである。
手術は14時からの予定であったが、前の手術が押していたのか、手術室へ行ったのは14時40分くらいであった。
行きは歩いて行ったが、帰りはストレッチャーであった。
麻酔は背中から針を入れて、下半身を麻痺させるものであるので、前回同様意識はハッキリしていた。
手術が始まり少し経つと、金属の音が聞こえ始めた。
「ああ、プレートが取れたんだな〜」と思っていると、看護婦さんが「もう2/3は取れましたよ」と声を掛けてくれた。
所が助手の1人が「アッ、ネジが一本ないです。落としたのかな」と言う声が聞こえた‼️
ちびまる子に出てくる永沢くんの背を高くした感じの奴で、面白い医者である。
道産子の医者、看護師だらけの病院であっるが、道産子の医者等は、お茶目が多い感があって此方の気が和むのだ。
さて、“永沢くん”が私を恐怖のドン底に落としておいたが、執刀医の田中先生は、飄々と術を続けているので一安心である。
全ての金属が取り外れると、右足首のスキャン画像が画面に映し出せれている。
確かに、金属片は見当たらなかった。
「うーん、綺麗に出来たな〜。 では縫合開始します」と田中先生のお言葉が天からの啓示のように響いた。
その時、手術室の電話が鳴り、看護婦さんが応対し、田中先生と何やら話し、看護婦さんが「30分延長でお願いします」と言った。
「おいおい、キャバクラか⁉️」状態で笑えてしまった。
病室に戻ると、18時半を廻っていた。
お腹が空いていたが、麻酔が醒めて来ないと胃に物を入れられないと言われ、“お預け”状態であった。
結局、夕食は7時半頃であったが、不思議と手術後に初めて口にする食事が何て美味しいんだ‼️と生きていることに感謝してしまう。
そして思い出すのが、正岡子規の“飯待つ間”である。
結核の末期である彼の唯一の楽しみは、ご飯であったのだ。
“かッと畳の上に日が差した。飯が来た”
