9日日曜日、夜中に寒さのために目が覚め、FFヒーターのスイッチを入れ又眠りについた。
燃料切れのためFFヒーターが突如切れ、凍えている夢を見た・・・
因みに、軽油は凍るのである。
FFヒーターの事を考えて、安い行きつけのガソリンスタンドで満タンにしたら、寒い地域に行けば燃料が凍ってしまいFFヒーターどころでは無くなるので、寒冷地に行く場合は、現地で給油せねばならない!!!
冬の軽井沢や清里は優に"-10℃"を下回るので、東京で燃料を入れてきていると一発で死んでしまう・・・
東京を出発して半分以下になるようにして、現地で満タンにするのが理想だが、去年寒冷地のガソリンスタンドの人から聞いた話だが、最悪の場合はドラックストアでアルコールを買って一㍑くらい入れれば凍らないようであるが、違法らしい・・・
しかし、背に腹は代えられないので、知識として知っておくだけでもサバイバル力が上がるのだ。
布団からでたのは6時前であったが、外はまだ暗かった・・・
朝は一杯のカプチーノから始めるのであるが、寒い中チャー様のおトイレお散歩に付き合わされるが、流石に寒いと用を足すと直ぐに室内に入るという・・・
この日は昼過ぎに帰路につこうと思ったが、ここまで来たら何処かへ観光しようと思い立ったが、何せ日曜日!!!
どこも混み混みで辟易してしまいそうで・・・
だが、昔から気になっている犬山城へ行こうと計画を立てた。
この上之保温泉ほほえみの湯からは、小一時間の距離である。
そして、更に犬山温泉に浸かることも計画の内であり、白羽の矢を立てたのは、名鉄犬山ホテルであるが、ここの立ち寄り湯は11時半からであるので、移動時間と城見物の時間を逆算して9時過ぎの出発とした。
美濃加茂市で念願の給油をしたが、95リットル入った・・・
しかし、これで絶対に自宅に帰れることは確実となった。
満タンで1100㎞走れるとでている!!!
犬山城には10時頃に着いた。
小さな城だが、立派である。
ここは尾張藩付け家老成瀬隼人正の居城であった。
天守からは木曽川を初め濃尾平野の景色が絶景である。
城と城下町を堪能したが、人が多くて人当たりしてしまうため途中で引き返した。
その後、ホテルに向かったが、坂を下りていくと直ぐにホテルがあった。
おそらく昔は城内であったと思う・・・
ホテルのフロントで風呂に入りたい旨を伝えると、なんと風呂だけはないという・・・
食事セットか宿泊してもらわないと・・・的なことであるが、どうせお昼ご飯は食べなければならないので、和食のレストランを予約してもらい、一路大浴場へ!!!!
温泉は肌がヌルヌルしてきて気持ちが良いが、残念のは塩素が入っていることである・・・
風呂上がりに、レストランに行くと、木曽川を眺めながら食した。
結局、当分会席料理を食べることが出来なくなるので、飛騨牛会席料理にした。
飛騨牛に舌鼓を打って食べきれないほどの料理を堪能した。
犬山を出発したのが13時であった。
中央自動車道の可児御嵩ICから載り、東名高速道路を目指した。
しかし、歳なのか昼食を取ると眠くなる!!!
14時過ぎに、第二東名の長篠設楽原SAでお昼寝休憩をしたが、ここは織田徳川連合軍対武田軍団が戦い、大虐殺になった古戦場である。
ここで主立った武将を失った武田は滅びへの道を突き進んだのである・・・
昼寝のつもりが起きたら17時であった・・・
予定では夕食を足柄SAで取ろうと思ったが、GoogleMapではその付近から東京まで真っ赤であったため、「ここでいいや」となった。
兎に角、チャー様の食事の支度が大変である。
野菜を切って肉を解凍して炒めて・・・
だらが甘やかしたんだ!!!と言いたい。
名古屋コーチン、近江牛、合鴨の中から一つを選んで食べていただいております。
結局19時過ぎに長篠設楽原SAを出発した。
足柄SAに着いたのは21時過ぎで、ここで1時間休憩してから出発である。
この時間になると渋滞も終わっていて、環8すらスイスイ出会った。
自宅に到着すると、ナビ様から「お疲れ様でした」とねぎらいの言葉が・・・
チャー様はベッドで爆睡中であったが、自宅に着くと起きて降りると騒ぎ出す・・・
「この度は11時間25分でした」とナビ様が言っていたのは記憶に残っている。
まあ、2/3は休憩していたのだが・・・
これが平成30年最後のMOTORHOMEの旅となった。
今年は北海道での右足首骨折に見回れたが、それなりに充実した1年であった。
さて、来年はどこへ行くか???



