今月の4日に、京都府舞鶴市で行われた大相撲春の巡業で、挨拶中の市長が土俵上で倒れ女性が土俵に上がって心臓マッサージをしていて、「女性は土俵から降りて」とのアナウンスとその後の女性等が立っていた場所に塩をまいた事が問題となっている。
しかし、女性が土俵に上がってはならないのは周知の事実で、何故これが問題のか意味が分からない。
これは女性蔑視ではなく、大相撲の土俵に女性が上がれないのは伝統で、これは神事として執り行っていることに由来する。
もしこの伝統を「けしからん」と言って変更させれば、丁髷がおかしい、裸で褌一丁なのは気持ち悪いとなり、相撲が相撲でなくなってしまう。
例えば柔道だが、これは武士の行っていた柔術が元となっている。
柔術は"相手を殺す"為の技で、自らの命を守る為の術でもある。
これを殺さずに勝負としたのが柔道である。
私が子供の頃は、柔道一直線を初めとしたスポ根柔道アニメがいくつかあったが、主人公は小柄で、対戦相手は大柄が多かった記憶がある。
詰まり、昔の柔道は体重別でなくガチンコの戦いであり、一本勝ち以外はなかったのだ。
"柔よく剛を制す"これが柔道の基本であるが、東京オリンピック以降、世界に浸透して行くに従って、柔道が柔道でなくなり、単なるスポーツしての"jyudou"になってしまった。
スポーツだから体重別、時間制限が出来て、柔道本来の面白さは消えてしまった・・・
最期は道着がなんと"青"も登場する始末である・・・
大相撲はスポーツかと言えば、大相撲はスポーツにあらず、神事である。
体重別が無いのが良い例だ。
小錦対舞の海戦など楽しかった・・・
伝統とは人の命より重いと私は思っている。
1000年の伝統を作るのには1000年間掛かるが、壊すのは一瞬である。
先人達の血のにじむ念いの上に成り立ってるのが伝統である。
相撲協会が怪しからんと言うのであれば、女性救命士に降りろと言ったことでなく、何故男性救急救命士を配置させていなかったのか!?である。
昨今の"救急救命"の名の元なら何をしても良いという気持ち悪い風潮が、日本という社会を内側から崩壊させているような気がする。
江戸時代、江戸城内での抜刀は、切腹と決まっていた。
正確に言えば、私用での抜刀である。
上様を守る為の抜刀又は上意以外で、脇差しを抜いてはならいと言うことである。
もし浅野内匠頭に斬りかかられた吉良上野介が、その刀を受けるために自らの脇差しを抜いたら、吉良上野介も切腹であったのだ。
「命より重いものは無い」と言う輩もいるが、命より重いものはいくらでもある。
そもそも、「お前が死んでも誰も困らない」が本当であろう。
人類が滅んでも、地球は回るし、他の生き物もその営みを続けていく。
命より重いのは、信念と名誉であると思う。
これをなくせば、人では無い。
ただ生きている人生よりも、信念や名誉のために死ぬ方がどれほど尊いか!!!
そもそも、軍人になる場合も、己のサインで入隊する。
そして、命を賭けて戦っている人々も大勢いることを忘れてはならない!!!
かのフランシスコ・ザビエルも「日本人とは名誉こそ最高のものとおもっている」と報告書を送ってる。
大名から水呑百姓までが、誇りこそ大事と思っていたと言うのだ。
現代の日本人が忘れている言葉が、"誇り"ではないであろいうか?