「てめえら、人間じゃあねえ、たたき切ってやる」と私の子供の頃に流行った時代劇ヒーローの台詞である。
萬屋錦之介主演の"破れ傘刀舟悪人狩り"で貧乏町医者の叶刀舟が悪人を切りに行っていうのだ。
設定は天保期に長崎で医学を学び千住宿が舞台である。
しかし、これは単なる殺人で江戸時代では磔獄門になる所行である。
江戸時代の刑法に於いてもこの行為は違法である。
この番組の後に放映されたのが、破れ奉行で同じく萬屋錦之介主演で、今度は深川奉行の速水右近の活躍ものの勧善懲悪時代劇である。
時の老中稲葉越中守に命じられ深川奉行となる。
この時代は深川は江戸府内とは見られていなかったようである・・・
速水右近の条件は「斬捨て御免」であったが、老中は上様に言上し速水は葵の御紋入りの太刀を下賜される。
速水の友人の御船手奉行向井将監より鯨船と漕ぎ手二人を借りる。
この時代、高速船は鯨船であった。
しかし、今のSUVくらいの大きさの船に乗って鯨めがけて掛けていき銛を打ち込み捕鯨していたのだから、漁師の根性は並大抵のものでは無かったはずだ・・・
昔東京は"東亰"と書いたらしい。
"亰"は水の都を指した。
江戸時代、物流の多くは船に頼っていた。
陸だと精精大八車であったが、船はその何倍も一度の運べた。
江戸時代初期、日本橋から江戸城方面に船が進むと、左に一度回ったという。
すると、大天守とその奥に富士山が見えたという。
その壮麗さに皆が畏怖の念を抱くように設計されたという。
北関東からは利根川を下り、江戸川に入ってから運河を伝わり日本橋へ来るわけだ。
川越からも物資は荒川を使い頻繁に運ばれていた。
深川は江戸ではない。
実は隅田川が国境であった。
江戸の街は武蔵国であり、深川は下総国である。
そこに架かる橋を両国橋と呼んだのだ。
深川は運河の町で、深川奉行は悪人退治をする時、屋敷から鯨船で出てから悪人の屋敷へ船ごと突っ込んで行くのだ!!!
奉行の出で立ちが大名火消しの恰好である・・・
しかし、速水右近の所行は当時の刑法からすれば、超法規的手段となる。
何と言っても上様寄りの"お墨付き"を持っているのも同然である。
江戸時代、日本でただ一人公方様だけが、三権を一人で有していた。
三権、詰まり行政権、司法権、立法権を有していた。
この権利を家臣に貸与していたのだ。
幕閣や評定所等々である。
奉行所は行政権と司法権を有していたが、さすがに大名を切ったり、裁判なしに町人を切る権利は無いが、"上様からのお墨付き"があれば別だ。
それに後ろ盾は老中稲葉越中守であるから、公文書には"病死"となるのだ・・・
観ていて気持ちがいい。
「上様に成り代わり、てめえら、切る!!!」である。
子供の頃、破れ奉行ごっこをして遊んだが、速水右近は悪党全てを切った後、懐紙を懐から出して方の血をぬぐってからその懐紙を投げ捨てるのだが、私は半紙を使って投げ捨てたら母親に叱られた記憶がある・・・
最終回は、流石の稲葉備中も庇いきれないと、速水右近を左遷するが、左遷先が堺奉行であった。
「これでは出世にございますが・・・?」と速水が言うの面白い。
「わしの前から消えろ」と老中が言うが目には涙・・・
「拝領の刀は?」と尋ねると「持っていけ」と老中。
これって、堺でも悪人の斬捨て御免の黙認である・・・
大坂城代は上方の行政官であるが、これを経ると出世できるらしい・・・
この後、若年寄、老中という道が開ける。
江戸時代老中職は世襲でなく、優秀な人間が抜擢されていたが、老中職に就ける家柄はあった。
時代劇では、柳沢吉保を始めとする御側御用人が悪人用に扱われるが、よくよく考えれば優秀な人材を登用しているという点では身分に関係なく政を司れるのだ。
御側御用人の間部詮房は、元能役者であった。
昔のTVドラマは面白かった・・・
つづく

