ギザの大ピラミッドは、いつ、何のために作られたか?

その昔はクフ王のピラミッドと言われていていたが、最近は大ピラミッドと言うようになったらしい。

まあ、クフ王のピラミッド自体が、イギリス人考古学者のインチキであったのだから、そもそもの根拠が無かったのだ。

 

先ずは古代エジプトのピラミッドの歴史だが、第三王朝のジョセル王が初めて造ったと言われ、階段式であるため、サッカラのジョセル王の階段ピラミッドと呼ばれている。

ザックリと4700年前のことである。

その後、屈折ピラミッドや小振りのピラミッドが建てられた。

そして第四王朝になりクフ、カフラー、メンカフラーとギザの三大ピラミッドへと繋がるというのが学校で習う歴史であろう。

 

そもそも、墓でないのだから、一体全体何のために建てられたのか?

私は昔からピラミッドの建設の順序が違うと言ってきた。

先ずはギザの大ピラミッドが先にあって、それをまねてジョセル王がピラミッドを造ったが、技術力がないから階段になった。

「大ピラミッドも階段状になっているじゃないか!!!」と思う人も多いが、実は化粧石でなめらかな面になっていたが、後生のイスラム教徒がモスクを造る材料として化粧石を剥がして使ってしまい、今の姿になっているのだ。

そして、古代エジプトの文献に大ピラミッドに関するものが無いと言うのだ!!!

大ピラミッドの記述があるのは、それ以前の文明であるシュメール文明の文献に出ているという・・・

こちらはざっと10000年前に、大ピラミッドに関する記述があるのが分かっているが、何故か考古学会は黙殺している。

この文献により、大ピラミッドは古代エジプト第一王朝が約5100年前だから、王朝が出来る前からギザの大地にそびえ立っていたことになる。

10000年前だと、スフィンクスの建造年と合致するのだ。

 

余談だが、世界最古の歴史書である"竹内文書"によると、今から12000年前に地球の大変動(海水面の上昇)で日本に住めなくなった神々が他へ移動しているという・・・

陸の民を率いていた素戔嗚尊が「ここは住める」と言った場所が訛って"シュメール"になったと言うのだ。

日ユ同祖論で、日本人とユダヤ人は同じ祖先を持つと言われているのを御存じか?

御神輿の「ワッショイ、ワッショイ」はヘブライ語で「運ぶ」と言う意味だし、ソーラン節の「ヤーレンソーランソーラン♬」もヘブライ語では「はしごに登る」という意味だという。

しかし、竹内文書によれば、日本が世界の始まるというのだから、ユダヤ人が大和民族であったと言う方が自然である。

イスラエルとは"伊勢エル"でり、"伊勢に栄光"という意味だという・・・

話が逸れたが、シュメール人の言うアヌンナキという神は、素戔嗚尊であることになる。

竹内文書でいう12000年前の災害とは、実は科学的に証明されているのだ。

氷河期が終り、氷が溶けて数年で海抜が200メートル上がっていることが分かっている。

詰まり、アトランティス大陸やムー大陸の話も辻褄が合ってくるのだ・・・

 

何度も言うが、大ピラミッド建設は、定説のように銅製のノミと金槌代わりの丸石と人力で作れる代物では無い。

現代の最新技術を使っても建設不可能なのだ!!!

 

何もピラミッドは古代エジプトの専売特許ではない。

この日本にもいくつものピラミッドが存在する。

砂漠気候のエジプトと違って、日本では10000年も経てば、木々に覆われ自然の山と見分けが付かなくなっているだけである。

10000年前だと、縄文文明が既に存在しているし、天照大神率いるヤマトと素戔嗚尊

率いるイズモとの戦争中か戦争が終わったくらいであろう・・・

邪馬台国と書いて「やまどこく」と発音するのだ。

これを馬鹿な学者共が「やまたいこく」と読むから真実が、霞の向こうへ行ってしまうのだ!!!

この写真は銅鐸である。

馬鹿な学者共はこれが楽器だという。

ある人はこれは古代の暦だという説を唱えいる。

私も賛同する。

これは地面に埋めて使ったのだ。

一年を360日として一月を28日と計算している。

そして、銅鐸と銅剣を使い、今日が何年の何月何日を知るための道具である。

さて、馬鹿な学者共の楽器で釣り鐘の用に使ったのか? それとも暦として使ったのか?どちらが的をえていると思いますか?

詳しく知りたい人はリンクを張りますので、見てください。

目から鱗が落ちる思いです。

 

常識とは18歳までに積み上げられた先入観の堆積物byアインシュタインである事を忘れずに!!!