ルネサンスは、中世と近代を分ける文化であることは、皆が知っていることであるが、何故ルネサンスという一種の革命が起こったのか?が問題である。

 

地中海を取り囲む広大な領土を誇った古代ローマ帝国が、西ローマ帝国と東ローマ帝国に分裂し、479年に西ローマ帝国は亡んでしまった。

ゲルマン民族の大移動を受け入れた西ローマ帝国が滅び、跳ね返した東ローマ帝国はその後約1000年間存続していたのだ。

これを考えると、現フランス、ドイツも移民を受け入れたため、大変なことになっているし、日本も在日という移民がどれほどのがん細胞なのか、事実を知れば怖ろしくなる。

この西ローマ帝国滅亡で古代が終わり、中世に入るらしい。

しかし、この中世が暗黒時代であった事は、日本では余り知られていない。

カトリック教会による支配であって、教会の権威が最高潮を来すのだが、この教会には向かった者はどうなったか?

皆殺されたのだ・・・

魔女狩もそうで、無実の女性何百万人もが"火炙り"で殺された。

又、処刑も残虐で生きたまま、空を切り裂き内臓を取り出す刑等々、エグいものばかりである。

近世になって漸くギロチンという斬首刑の機械が登場する。

苦しまずに処刑する目的で、ギロチンが発明された。

これを思えば、日本の刑は犯罪者にとって優しいものであったし、ヨーロッパ人が日本人の処刑の文化に追いつくのに1000年以上も掛かったということである・・・

 

江戸時代の拷問とかいうが、世界の拷問に比べれば、拷問の内に入らないという・・・

日本人が見て「これは酷すぎる」という拷問は、ヨーロッパのスタンダードであり、ヨーロッパ人が「これは酷すぎる」という拷問はバルカン半島で行われていて、バルカン半島の人々が「これは酷すぎる」という拷問は支那・朝鮮で行われていた・・・

日本はこんな奴らの隣国である事を忘れてはならない・・・

 

さて、ルネサンスは"復活"や"再生"という意味だが、これは古代ギリシアやローマ時代の文化の復興であると言うが、これでは新の目的がぼやけてしまう。

何故、古代ギリシア・ローマなのか?がミソである。

そう、キリスト教会への反旗なのだ。

古代ギリシア・ローマには、キリスト教は存在していなかったのだ。

そもそもキリストは、教会の支配など教えていない。

「神はそこかしこにいて、皆の中にある」と説き、「人を殺して良い」など言っていない!!!

それを教会は教会こそ神と人間を繋ぐ鍵とかいって、やりたい放題であった・・・

その後、プロテスタント教会が現れ、キリスト教徒同士の殺し合いが始まるのだ・・・

 

フランス革命は、1789年のバスティーユ監獄の襲撃から始まったと言う。

これは虐げられた平民が、王制、貴族制に対して打倒を目指したとなっている。

しかし、それは嘘らしい。

バスティーユ監獄が陥落したとき、民衆は「国王陛下万歳」と叫んでいたという・・・

詰まり、民衆の敵と王制の敵は同じであったと言うことではないか?

「国王の代わりにやりました」的発想である。

では敵とは何か?

ずばり、カトリック教会である。

教会は一宗教で無く、権威となっているから、教会に属している者達は特権意識を持ち、傍若無人な振る舞いをするようになる。

 

日本で言えば、比叡山である。

比叡山の坊主共は、強訴といって御輿を担ぎ京の街へ繰り出し、街を破壊していたのだ。

逆らう者は容赦なく殺していたし、女をさらてはレイプして4000人の女子供が比叡山に住んでいたのだ。

これを叩き潰した英雄が織田信長公である。

しかし、馬鹿な歴史家はこれは信長の蛮行とか気が変になっているとかでかたづけるが、事実は「天に代わってお仕置き」しただけであって、信長公自身「正義は我にあり

」の信念であったことは間違いない。

私は昨今の坊主の生き様も許せないのだ。

そもそも坊主は妻帯してはいけない。

正確に言えば、浄土真宗以外の坊主である。

だが、仏法からすれば、坊主の妻帯は厳禁である。

「欲からの解放」こそが究極の教えなのだが・・・

「今の法律では結婚できるから」という腐れ坊主すらいるのだ。

仏法と日本国法とどちらが上か?である。

仏法は不変だが、国法は変わるのだ・・・

 

さて、話をフランス革命に戻すと、元々は王制の打倒など考えてもいなかったのだが、日本のパヨクのような奴らが"保守"を装って運動していたら結果フランス革命が起こったというのが真実らしい・・・

そもそもルイ16世は名君だったらしく、国民の為をおもっていたというし、マリー・アントワネットもちゃんとした女王だったらしい・・・

ルイ16世が暗偶で、錠前作りと狩りだけで、アントワネットは浪費家だったというのは、"ベルサイユのばら"から来ているのという・・・

 

そもそも、ルイのフランスには国軍が存在していなかった。

と言うより、ヨーロッパには国軍という概念すらなかったというのだ・・・

だから、「軍隊が自国民を攻撃できるはずがない」と言うことは無かった。

王の軍隊とは、王が金で雇った傭兵部隊であったのだ。

その名残でいまだに"フランス外人部隊"が存在している。

フランスとは、ルイの私有地であり、国民とは私有民であったという・・・

 

それを変えて、国軍を作ったのはナポレオンであったらしい。

まあ、フランス革命はその後の世界へ毒を撒き散らかすのであった・・・

結局、ヨーロッパの歴史は、2000年間カトリック教会と戦いであったと言える。