今回の旅の目的は、京都府にある"元伊勢神宮"に行くことにあった。

伝承では、伊勢神宮が今の地に出来たのは、第11代垂仁天皇の皇女倭姫命(やまとひめのみこと)が、永遠に神事を続けられる地を探され、大和の地を発たれ、近江、美濃などを巡られ、遂に伊勢の地に入られと事に始まる。

この倭姫命は、日本武尊の叔母に当たる方である。

それ以前にあった、皇大神宮と豊受神宮が京都の福知山市にあるというのだ。

作法に則り先ずは外宮である豊受神宮から詣でた。

静かな場所であったが、神々しさは感じない・・・

そして皇大神宮。

 

内宮の別名を"皇大神宮"と呼ぶそうだが、皇祖皇太神宮という怖ろしい名前の神社もある。

現在は茨城県北茨城市の磯原にあるらしい・・・

この神社は、地球に降り立たれた天皇の先祖(我々大和民族の共通の祖でもある)の神々から現代の神武朝までの歴代の天皇の御霊を合祀しているという。

元々は現在の富山県になったと聞いたが・・・

この高祖皇太神宮こそが、なんとイエス・キリストが、修行した神宮だというのだ!!!

ここで教わった知識を、イスラエルの地に持ち帰って人々に説いたという。

高祖皇太神宮に伝わる漢字以前の言葉で記された竹内古文書があり、この古文書にキリストに付いての記述もあると言う・・・

そして、この元伊勢神宮は現在の伊勢神宮等々とレイラインを形成しているという。

レイラインとは、太陽の黄道上に並んで配置されているというもだ。

夏至や冬至等に太陽が通る線だと思って欲しい。

これは、日本だけで無く、世界の主要な遺跡ともリンクしていて、その最終的な行き先は、ナスカの地上絵なのだ。

ナスカの地上絵と言えば、動物を象ったのが有名であるが、実はこの線が重なっている方に意味があるという。

この多くの線の先に遺跡があるのだ。

当然、伊勢神宮や法隆寺にも行っている線ものある・・・

 

話を戻すが、ここから峠を越えると、天橋立に着く。

地図で見るとほぼ一直線である。

 

Harleyの仲間や私の母親も"天橋立"は大したことはないと言っていたが、実際にこの目で見ると、感動ものである。

リフトで小高い山に登り、そこから眺めると、感動ものであった!!!

この夜は、天橋立近くの道の駅に泊まった・・・

 

つづく