先日、BSで"歴史探訪"的な番組を何気なく観ていた。

案内人は高島礼子さんだったと思う。

越後の虎ならぬ長尾景虎についてであった。

作家と二人で越後の景虎の足跡を追っていた。

 

「謙信は義に厚く、損得勘定で無く、助けを求めている人がいれば、その為に戦うんです」とほざいていた。

本当に、義に厚く、損得勘定抜きで戦をする人は良い殿様か?

 

今も昔も戦争とは経済活動である。

何のために戦うのか?

豊かになるためである。

 

当時の戦国大名の配置は、武将は領主から知行を貰い、そこで領民と共に暮らしている。

当然、戦費は自分持ちで、自分の知行地の農民から徴兵をして、兵力を整える。(兵を金で雇う概念は、信長からである)

だから、家臣は戦で手柄を立てて少しでも多くの知行地を貰うことが目的だ。

だが、領主が"義"で富に興味が無ければ、ただ働きである!!!!

何度も駆り出されれば、貧乏になっていくのは明白だ。

そして、領民に重税を課していくのだ・・・

 

こんな領主の国に住んでみたいか?

一方信長は、「徴兵免除の増税と、徴兵とどちらが良いか?」と領民に尋ねたという。

答えは当然、増税であったらしい。

 

戦国武将で一番強いのは誰?とかいう馬鹿な問いがよくTV番組であるが、"強い"とは何が強いのか?

喧嘩、剣術、柔術等々強さを計るカテゴリーは多いが、これに何の意味があるのか?

徳川家康公は、自ら刀を抜いて人を切ったことがないという。

だが、彼の命令で何十万人という人々が死んでいくし、言葉だけで人の命を奪えた。

強さで言えば、柳生や服部とうという武芸に秀でた家柄があるし、歴史上最強の剣士である柳生十兵衛三厳だって、公方様には逆らえないかった。

強さとは、総合的に判断するべきで、織田信長と上杉謙信の天正5年の"手取川の戦い"で謙信が勝ったとされている。

だが、前にも述べたが、その後の波状攻撃で結局は、上杉は豊臣秀吉に屈したのだ・・・

 

戦国時代は群雄割拠していたという間違った知識が行き渡っている。

戦国時代は、幕府の箍が緩んで、幕府の法を無視した輩が日本中に溢れていた時代である。

決して足利家を倒して、己が幕府を開こうなど考えてもいなかったのだ。

戦国武将は「自分の支配地を少しでも広げたい」と思っていただけである。

それを真面目に天下布武で日本国を変えてやろうと思っていたのが、新興勢力である「大戯け者」織田上総介三郎信長なのだ。

その想いに同調したのが、徳川家康と浅井長政であった。

何度も言うが、当時、"室町幕府を倒す"というのは、気違い沙汰の発言だ。

今でも、「俺が日本国政府を倒して新しい幕府を開く」と真顔で言っている奴がいたら、どう思うか?

同じことである!!!!

 

我々は歴史として戦国時代が分かっているが、当時を生きていた我々の先祖は、その時代を生きていたのだ。

そして素晴らしい未来を信じていたと思う。

今の積み重ねが歴となるのだ。

今から100年後の人たちが、平成28年を振り返ったときに、どう映るのか?

だから、歴史は面白いのだ。