しかし、驚きの真実が隠されていた!!!
キリストはベツレヘムの馬小屋で生まれたことになっていて、"新しいユダヤの支配者"の予言を恐れたヘロデ王が、子供を皆殺しにし始め、ヨセフとマリアに連れられ、子供の頃にエジプトに逃げたことになっている。
そして、彼には空白の12年間があるのだ。
21歳〜33歳までの記録が無いのだ!!!
しかし、その記録が何と日本にあったのだ。
キリストは、日本に来ていて神々について学んでいたのだ。
青森県に戸来村(へぶらいむら、現は新郷村)にキリストの墓がある。
キリストの墓と彼の代わりに磔になった弟イスキリの霊を祀った物もあるのだ。
石に刻まれた文言を良く見て欲しい。
イスラエル大使の署名もある。
詰まり、イスラエルが公式に認めているという事である。
多くの人は眉唾物だと思うであろうが、ここに墓があると言い出したのは、この地の人々では無いのだ。
昭和6年に茨城県の現在の北茨城市にある高祖皇太神宮の宝物殿から発見された竹内古文書に記載されていたのだ。
竹内古文書とは神武天皇以前の日本の歴史が神代文字で書かれている文書である。
神武天皇は実は初代で天皇で無く、その前の神々からの間の方々がいらっしゃるのだ。
キリストは弟の処刑後に再来日して、その名を"八戸太郎大天空"と名乗り、106歳の天寿を全うしたという。
天狗はキリストの事であるという。
確かに、ユダヤ人の鷲鼻は、天狗の鼻に見える・・・
21歳の時に日本に来ているが、古文書によると、第11代垂仁天皇の御代であるという。
現在の石川県の能登半島から上陸して、富山県にあった高祖皇太神宮の神主武雄心親王の弟子となり大和の言葉と文字を習い、様々な修行をして33歳に時に現在のモロッコからエルサレムに行き、神の国やその教えを人々に伝えたという。
詰まり、聖書で言っている神の国とは日本の事であったと言うのだ。
実は当時の地図は東を上に書いていて、最上位にはなんと日本が書かれていた!!!
"神国日本"とは、あながち手前味噌の呼び名では無かったと言うことであろうか?・・・
これを読んでも尚、キリストの墓は怪しいと思われる人もいると思うが、冷静に考えてみて欲しい。
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる福音書が有名であるが、実際にマタイの福音書が書かれたのは、イエスの死後40年が経ってからであり、ローマ帝国の徴税役人であったマタイだが、"マタイの福音書"をマタイが書いたという証拠は無いのだ!!!
ヨハネの福音書に至ってはイエスの死後80年以上経ってからで、マルコ、ルカ、ヨハネに至ってはイエスの死後の世代である。
我々が、所和初期の人物や明治時代の人物について書いているようなものだ。
例えば、"織田信長"の小説やドラマ、映画は数多くあるが、どれも皆フィクションである。
何故ならば、誰も織田信長に会ったことが無いから、想像で書くのだ。
だが、歴史的事実もあるので、それはそれなりに辻褄を合わせられる。
だが、信長の会話や秀吉、家康との絡みの台詞は、皆創作である。
大体、お市の方が信長の妹となっているが、実際は従兄弟で有り、側室であったのに、昨今の小説やドラマはその事に触れないし、茶々は信長の娘であるのに、浅井長政の娘となっている。
四人が書いている福音書も大筋でまあまあ合っているが、それぞれ違っていて違う小説を読んでいるようである。
そもそも、死海文書からマグダラのマリアの福音書やペテロの福音書、ユダの福音書も見付かっているが、それらは西暦325年のニカイア公会議に於いて省かれたのだ。
イエスの身近にいた人々が書いているので、イエスの人間くささが多く書かれているという理由である。
因みに、この時にイエスは"神の子"と決まったのだ!!!
詰まり、今現在我々の知っているキリスト自体も何の根拠もないものである。
ローマ教会にとって都合の良い解釈が、人々に押し付けられていただけである。
日本の神社から大昔の古文書が出てきて、それにキリストのことが書かれていたという事実はどうなるのか?
懐疑派は、先ずこの古文書が偽物であることを立証せねば、青森県にあるキリストの墓が嘘とは言えないのではないか?
因みに戸来村に伝わる踊りや歌は、日本語では理解できないが、ヘブライ語で通じてしまうという謎もある。
正に歴史はミステリーであり、ロマンである。


