バラク・オバマ大統領が、先日日米同盟について語った。
11月19日マニラで開かれた日米首脳会談で「日米同盟はアメリカの安全保障の基軸を担っている」と言った。
この一言は凄い重みのある一言である。
今までは、日米同盟は日本が外敵から襲われたときに、アメリカが助けてくれる的構図であったが、オバマの一言で、日米同盟は、アメリカにおいても安全保障であるということは、アジアの平和維持に於ける日本の役割は大きいと言っている。
それどころか、日本抜きにはアジアの平安は無いと言っているのだ。
「それを80年前に気が付けって!!!」私は言いたい。
アジア秩序は大日本帝国の大東亜共栄圏構想にあったからだ。
確かに、欧米主導の地球支配にアジア圏という恐ろしく大きな経済圏が出来ることは奴らにしても怖かったのは分かるが、共通の敵である共産主義=ソビエト連邦に対抗するにはこの方が遙かに効果的であったはずだ。
欧米は、アジアで何か問題が起これば、日本に言えば盟主である日本が問題解決するのだから、今よりよほど早かったに違いない。
さて、現実的には当面は支那が敵国であるが、支那は気違いであるこは異論が無いが、南北朝鮮の気違いとは異質である。
支那は一応損得勘定ができる"理"はある。
だから、尖閣問題でも日本が毅然とした対応を取れば奴らはそれ以上の突っ込みはしない。
自衛隊と戦っても勝ち目が無いことは知っているし、国際法上違法行為をしているのは己であるので、国際世論も味方に付けられねば、自国崩壊への道を突き進むことも理解してる。
だが、南北朝鮮、特に南朝鮮は"理"では無く"情"で動くのだ。
国際間の条約よりも自国民の感情によって左右される国である。
慰安婦問題も朝日新聞の捏造だと分かった今でも、国内世論が納得できないから金をむしりに来るのだ。
だから、日本の軍事的抑止力は支那には有効だが、朝鮮には余り効かない。
朝鮮人は力で思い切り叩かねば理解できない民族である。
米軍の対朝鮮人の取扱書にも書いてあった・・・
友人に見せてもらったら私は思わず腹筋破壊してしまったが、全くもってその通り!!!と思ったし、日本が今まで南朝鮮にしてきたことは真逆であったから今の日韓関係なのだ。
まあ、アメリカもようやく日本の大切さが身にしみたと言えるのか?
戦争をしないに越したことはないが、戦争の準備を怠ってはならいとは、かの国の偉人である孫子の言葉である。
含蓄のある重い言葉を、我々はどう生かすのかが問題である。
11月19日マニラで開かれた日米首脳会談で「日米同盟はアメリカの安全保障の基軸を担っている」と言った。
この一言は凄い重みのある一言である。
今までは、日米同盟は日本が外敵から襲われたときに、アメリカが助けてくれる的構図であったが、オバマの一言で、日米同盟は、アメリカにおいても安全保障であるということは、アジアの平和維持に於ける日本の役割は大きいと言っている。
それどころか、日本抜きにはアジアの平安は無いと言っているのだ。
「それを80年前に気が付けって!!!」私は言いたい。
アジア秩序は大日本帝国の大東亜共栄圏構想にあったからだ。
確かに、欧米主導の地球支配にアジア圏という恐ろしく大きな経済圏が出来ることは奴らにしても怖かったのは分かるが、共通の敵である共産主義=ソビエト連邦に対抗するにはこの方が遙かに効果的であったはずだ。
欧米は、アジアで何か問題が起これば、日本に言えば盟主である日本が問題解決するのだから、今よりよほど早かったに違いない。
さて、現実的には当面は支那が敵国であるが、支那は気違いであるこは異論が無いが、南北朝鮮の気違いとは異質である。
支那は一応損得勘定ができる"理"はある。
だから、尖閣問題でも日本が毅然とした対応を取れば奴らはそれ以上の突っ込みはしない。
自衛隊と戦っても勝ち目が無いことは知っているし、国際法上違法行為をしているのは己であるので、国際世論も味方に付けられねば、自国崩壊への道を突き進むことも理解してる。
だが、南北朝鮮、特に南朝鮮は"理"では無く"情"で動くのだ。
国際間の条約よりも自国民の感情によって左右される国である。
慰安婦問題も朝日新聞の捏造だと分かった今でも、国内世論が納得できないから金をむしりに来るのだ。
だから、日本の軍事的抑止力は支那には有効だが、朝鮮には余り効かない。
朝鮮人は力で思い切り叩かねば理解できない民族である。
米軍の対朝鮮人の取扱書にも書いてあった・・・
友人に見せてもらったら私は思わず腹筋破壊してしまったが、全くもってその通り!!!と思ったし、日本が今まで南朝鮮にしてきたことは真逆であったから今の日韓関係なのだ。
まあ、アメリカもようやく日本の大切さが身にしみたと言えるのか?
戦争をしないに越したことはないが、戦争の準備を怠ってはならいとは、かの国の偉人である孫子の言葉である。
含蓄のある重い言葉を、我々はどう生かすのかが問題である。