大沢樹生と喜多嶋舞の子供問題の裁判判決が出た。
生まれた子供の親子関係だが、大沢樹生にしてみれば、妻から「あの子は貴方の子で無い」と言われたことによって、息子とのDNA鑑定をした結果は"親子関係なし"であった。
これでも親子だという法律だったら「いらない」とは思わないか?
何故かTVのワイドショーなでは、大沢樹生が悪者扱いする輩もいるが、なぜ?
「子供のことを考えると・・・」と部外者の馬鹿が言うが、では当の父親の大沢君の気持ちはどうなる?
一番悪いのは、結婚しているのに浮気をした喜多嶋舞じゃないの?
どちらの子だか分からない子を産む神経が理解できないのは私だけだろうか?

まあ、今回の判決はまともであった。

さて、今の世の中結婚は必要だろうか?
夫婦別姓とか騒いでる輩がいるが、ならば結婚しなければよいのだ。

日本の家族制度は、戦後GHQの策略で華族制度と共に崩壊した。
日本の家族制度は、本家を中心とした大家族制度で、親子3世代、4世代が皆一緒に暮らしていた。
子供の世話も、母親だけで無く、祖父母、叔父叔母、そして兄弟で代わる代わるにみていたし、年寄りの面倒も同じように家族皆で世話をした。
そもそも、寝たきり老人の問題も、徘徊も子供の育児問題も、江戸時代やそれ以前からあったはずだが、当時の政府や地域コミュニティで上手く解決していた。

そして、江戸時代に決まった"家督は長男総取り"が上手く平和裏に稼働していた。
それを壊したのは、GHQであり"兄弟平等"意識である。
平等とは綺麗な言葉であるが、実は危険な思想でもある。
人間は群れを作る生き物である。
群れが出来れば、リーダーが出来て仕事の分担が出来る。
分担が出来れば、自ずと上下関係が出来てくる。
もし平等であれば先輩後輩、親子関係も無くなる。
犬は、群れの中での己の地位を確定する。
もし確定できなければ、情緒不安定になるという。

詰まり、人間は生まれながらにして身分があり、決して平等ではない。
だから、兄弟が"平等に親の財産を分ける"とは、実は家族を崩壊させることを意味する。
親の財産を巡り兄弟骨肉の争いが起こるが、もし長男総取りであれば、どうなったか?
戦前の家長制度は、総取りした長男は、家族の面倒を見る義務があった。
家長総取り制度とは、全部自分のものではなく、皆の財産を管理し、家族全てで幸せを目指すものであった。
だから、家族の団結が堅固で、戦の時も団結した家族は強かったし、駄目な一族は滅んできたのだ。

このまま行けば、日本人は滅んでしまう。
伝統が途切れれば、それは文明の崩壊である。

まあ、結婚しなくても食べるのに困らないし・・・
コンビニ、惣菜屋もあれば"家庭の味"すら買えるのだ。

恋愛は感情だが、結婚はシステムである。
感情とはお互いが冷めれば、いいやどちらか一方が冷めれば終わるが、システムである結婚とは、お互いの感情に左右されることなく続いていく。

フランスでも家族だが、結婚していないカップルの方が多いのだ。
しかし、システムでないカップルほど、その維持には愛情や緊張感が必要である。

政府も、幼児虐待や老老介護の問題を、家族制度のあり方と認識すべである。
温故知新である。
我々のより良い未来は、先人の知恵の中になると思う。