今日の夕刊に、南海トラフ地震の事が載っていた。
江戸時代に数回起きているらしいが、大阪の被害が大きかったようだ。
日本列島の天災は地震に止まらず、火山がやばいのだ。
しかし、この火山のリスクの恩恵が、温泉であることを忘れてはならない。
正に、飴と鞭なのだ・・・
実は、アジア圏の水田の歴史には火山が関係しているという説がある。
我わらのインチキ歴史では、稲作は弥生時代に支那から半島を伝わって日本の九州に来たと習った。
縄文時代とは約1万6000年前から約3000年前まどされ、それ以降大和朝廷の誕生辺りまでがざっくり弥生時代である。
しかし、11万年前にすでに石器が使われていたが、この時代は人間(現代人)は存在していない筈なのだ。
3万年前には、加工された石器が使われていて、1万2500年前には、漆の木が栽培されていた。
実は、縄文人はお洒落だったのだ。
我々の想像する毛皮の褌や腰巻きをしていたイメージとだいぶ違うし、今に近い色彩の服を着ていたらしい・・・
弥生時代は質素になっている。
考えてみれば、土器を見れば一目瞭然である。
縄文火焰土器と弥生土器を比べれば、弥生時代の方が実用性を重視していると言える。
これは戦闘状態にあった証拠らしい。
成る程、戦時中はお洒落をするより命が大切である。
これら戦乱も火山が大きく関係しているらしいのだ。
実は日本最古の水田跡が発見されているが、これがなんと約7000千年前だという。
7000年前というと支那にも未だ国は無く、奴らは原始人であった。
葉畑遺跡といい佐賀県唐津市にある。
6000年前の縄文土器の内側から米が検出されるという・・・
前にも書いたが、大昔は日本の気候は熱帯か亜熱帯であった。
"因幡の白兎"の話に出てくる"鰐"である。
鰐は日本にいないから、鮫であったと言う説があるが、鮫の群れは決して横一列に並ばない!!!
余談であるが、映画007シリーズの"死ぬのは奴らだ"で、ワニ園に閉じ込められたジェームス・ボンドが、ワニが横に並んだのを見てその背中を飛びながら岸に行くシーンがある。興味がある方は是非観て欲しい。
稲は元々熱帯、亜熱帯に自生していた植物であるので、当時の日本に自生していても不思議では無い。
逆に、日本より寒い半島で稲作が盛んだったというのは疑問が残る。
今の稲は昭和1号という品種が元で、これは寒さに強い種類である。
これが出来るまでは寒い地域で米は育たなかった・・・
ここで新説がある。
稲作は元々日本で行われていた。
日本で教わる世界四大文明の一つは支那の黄河文明であると習った。
黄河文明は今から約6000年前だが、実は支那にはこれ以前の約7000年前に長江文明というのが長江の河川にあった。
黄河文明の人々のDNA解析をすると、なんとコーカサス系の人間であったのだ。
詰まり白人だったのだ。
これに対して長江文明の人々のDNAは倭人に近いという・・・
コーカサス系の人々は巨大ほ乳類を追って東の端に来て黄河流域に住み着いた。
武装している狩猟民族の黄河人は、丸腰の農国民族である長江人を襲い、食料を奪っていった。
これにより2000年間に及ぶ血みどろな戦いが繰り返されたというのだ。
さて、問題は何故長江文明を日本人の祖先である倭人が創ったか?
それは、火山であったという。
九州の南端、現在の鹿児島県の薩摩半島、大隅半島、種子島、屋久島等は昔一つの大地であったらしい。
7000千年前に、ここにあった巨大火山が噴火して、現在残っている鹿児島や屋久島等々は、吹き飛んだ山の外輪山であると言う。
この時の火山灰は遠く青森県にも降り注いでいたと言うから、九州に住めるはずが無かったことは容易に想像出来る。
そうなると、当時の倭人は海を渡り大陸へ避難した。(縄文人は既に海洋民族であった)
因みにこの頃、半島に人が住んでいた痕跡が無かったことは、科学的に証明されているし、4000年ぐらい前の縄文人が半島に住み始めていたことも証明されている。
正に逆説の歴史である。
歴代支那も日本には一目置いていたのは、金印をみても明らかだし、品の古代書物にも書かれている。
確かに、一番美味しい米の食べ方をしているのは、日本である。
タイ米を始めとした米は、不味い・・・
不味いからチャーハンにしたのだ!!!
日本は米自体が美味しいから、「始めちょろちょろ中パッパッ」となる。
学生時代、支那人の友人宅でご飯をご馳走になったことがある。
炊飯器があったが、それを見てカルチャーショックを受けた。
米を入れて水を入れる所までは同じだが、お釜が2重になっていて、外側の釜と内側の釜の間に水を入れて、ボイル熱で米を炊いているのだ!!!
だから、米がベチャベチャしているのだ・・・
これで支那人が日本観光で、あれだけ日本の炊飯器を買って帰るのも頷ける・・・
我々日本人は、もっと自らの歴史に自信と誇りを持たねばならない!!!
先人達の偉業、面々とDNAで受け続ける物作りへの拘りである。
縄文時代に、女性達が朱色の漆塗りの髪飾りでお洒落を楽しんでいた事実を知らねばならない。
江戸時代に数回起きているらしいが、大阪の被害が大きかったようだ。
日本列島の天災は地震に止まらず、火山がやばいのだ。
しかし、この火山のリスクの恩恵が、温泉であることを忘れてはならない。
正に、飴と鞭なのだ・・・
実は、アジア圏の水田の歴史には火山が関係しているという説がある。
我わらのインチキ歴史では、稲作は弥生時代に支那から半島を伝わって日本の九州に来たと習った。
縄文時代とは約1万6000年前から約3000年前まどされ、それ以降大和朝廷の誕生辺りまでがざっくり弥生時代である。
しかし、11万年前にすでに石器が使われていたが、この時代は人間(現代人)は存在していない筈なのだ。
3万年前には、加工された石器が使われていて、1万2500年前には、漆の木が栽培されていた。
実は、縄文人はお洒落だったのだ。
我々の想像する毛皮の褌や腰巻きをしていたイメージとだいぶ違うし、今に近い色彩の服を着ていたらしい・・・
弥生時代は質素になっている。
考えてみれば、土器を見れば一目瞭然である。
縄文火焰土器と弥生土器を比べれば、弥生時代の方が実用性を重視していると言える。
これは戦闘状態にあった証拠らしい。
成る程、戦時中はお洒落をするより命が大切である。
これら戦乱も火山が大きく関係しているらしいのだ。
実は日本最古の水田跡が発見されているが、これがなんと約7000千年前だという。
7000年前というと支那にも未だ国は無く、奴らは原始人であった。
葉畑遺跡といい佐賀県唐津市にある。
6000年前の縄文土器の内側から米が検出されるという・・・
前にも書いたが、大昔は日本の気候は熱帯か亜熱帯であった。
"因幡の白兎"の話に出てくる"鰐"である。
鰐は日本にいないから、鮫であったと言う説があるが、鮫の群れは決して横一列に並ばない!!!
余談であるが、映画007シリーズの"死ぬのは奴らだ"で、ワニ園に閉じ込められたジェームス・ボンドが、ワニが横に並んだのを見てその背中を飛びながら岸に行くシーンがある。興味がある方は是非観て欲しい。
稲は元々熱帯、亜熱帯に自生していた植物であるので、当時の日本に自生していても不思議では無い。
逆に、日本より寒い半島で稲作が盛んだったというのは疑問が残る。
今の稲は昭和1号という品種が元で、これは寒さに強い種類である。
これが出来るまでは寒い地域で米は育たなかった・・・
ここで新説がある。
稲作は元々日本で行われていた。
日本で教わる世界四大文明の一つは支那の黄河文明であると習った。
黄河文明は今から約6000年前だが、実は支那にはこれ以前の約7000年前に長江文明というのが長江の河川にあった。
黄河文明の人々のDNA解析をすると、なんとコーカサス系の人間であったのだ。
詰まり白人だったのだ。
これに対して長江文明の人々のDNAは倭人に近いという・・・
コーカサス系の人々は巨大ほ乳類を追って東の端に来て黄河流域に住み着いた。
武装している狩猟民族の黄河人は、丸腰の農国民族である長江人を襲い、食料を奪っていった。
これにより2000年間に及ぶ血みどろな戦いが繰り返されたというのだ。
さて、問題は何故長江文明を日本人の祖先である倭人が創ったか?
それは、火山であったという。
九州の南端、現在の鹿児島県の薩摩半島、大隅半島、種子島、屋久島等は昔一つの大地であったらしい。
7000千年前に、ここにあった巨大火山が噴火して、現在残っている鹿児島や屋久島等々は、吹き飛んだ山の外輪山であると言う。
この時の火山灰は遠く青森県にも降り注いでいたと言うから、九州に住めるはずが無かったことは容易に想像出来る。
そうなると、当時の倭人は海を渡り大陸へ避難した。(縄文人は既に海洋民族であった)
因みにこの頃、半島に人が住んでいた痕跡が無かったことは、科学的に証明されているし、4000年ぐらい前の縄文人が半島に住み始めていたことも証明されている。
正に逆説の歴史である。
歴代支那も日本には一目置いていたのは、金印をみても明らかだし、品の古代書物にも書かれている。
確かに、一番美味しい米の食べ方をしているのは、日本である。
タイ米を始めとした米は、不味い・・・
不味いからチャーハンにしたのだ!!!
日本は米自体が美味しいから、「始めちょろちょろ中パッパッ」となる。
学生時代、支那人の友人宅でご飯をご馳走になったことがある。
炊飯器があったが、それを見てカルチャーショックを受けた。
米を入れて水を入れる所までは同じだが、お釜が2重になっていて、外側の釜と内側の釜の間に水を入れて、ボイル熱で米を炊いているのだ!!!
だから、米がベチャベチャしているのだ・・・
これで支那人が日本観光で、あれだけ日本の炊飯器を買って帰るのも頷ける・・・
我々日本人は、もっと自らの歴史に自信と誇りを持たねばならない!!!
先人達の偉業、面々とDNAで受け続ける物作りへの拘りである。
縄文時代に、女性達が朱色の漆塗りの髪飾りでお洒落を楽しんでいた事実を知らねばならない。