先日に支那で行われた軍事パレードだが、あのデブの習近平等は「誰が誰に勝った?」って分かっているのか?
気持ちが悪い事この上ないのは私だけであろうか?
日本のマスゴミも「抗日勝利70周年記念」と馬鹿丸出しだが、抗日って、誰していたの?
まあ、10000歩譲って、抗日していたとしたら蒋介石率いる中華民国(現台湾政府)が言うのならまだしも、後方の山奥に逃げ込んでいた毛沢東が抗日???
村を襲撃していた盗賊行為が、抗日???
治安を維持していたのが帝国軍の関東軍であったが、毛沢東率いる盗賊も関東軍にフルボコされたのを忘れたのか?
支那畜こと中華人民共和国は、昭和24年(戦後4年後)に建国した国なのに、どうやったら大東亜戦争に勝利したというのか?
何故マスゴミはこうした歴史的事実を伝えないのか?
ある支那人は「毛沢東と蒋介石の内戦時代より、よほど日本統治下の方が良かった」と言っているという。
毛沢東は蒋介石を台湾に追い詰め、台湾を制圧しようとしたときに、蒋介石が日本政府に助けを求めた(どの面下げて!!!)
その時、旧帝国陸軍中将根元氏以下を台湾に派遣した。
漁船で漁師に化けて密航したらしい・・・
そして、台湾海峡で毛沢東をフルボコして、尻尾撒いて逃げていったから、今現在台湾が存在している。
実は、我々は世界史でも支那のことをキチンと習っていない。
先ず"中国"という呼称が嘘である。
前にも書いたが、中国、中国人と言ったら山陽山陰地方とそこに住んでいる日本人を指すことばである。
奴らは支那人である。
何が嘘かというと、蒙古だが、蒙古人が南下してきて万里の長城の内側に入ってきた。
そして金を滅ばして元が出来たのは嘘で、南宋、金、蒙古(この頃は元とは言わない)の三国が連立していた。
そして、元を滅ぼして明が出来たわけでも無いのだ!!!
元は元いた北方へ引き上げただけであった。
詰まり滅んでいないからモンゴルが存在しているのだ。
又、清が滅んで中華民国が出来たわけでは無く、清が治めていた国々が独立したのだ。
ここで我々の大きな勘違があるのだが、支那王朝の冊封政策あがあった。
日本も昔漢から"金印"(教科書にも載っている有名な物)を貰っていたが、漢が日本を統治していた訳ではない。
因みにチョンコロは自分たちが支那の弟分で、日本には支那→濊族→日本と文明が伝わったように言うが、奴らは最後まで支那歴代皇帝よりもらった印は銅製であった・・・
皇帝は象牙製の印を使い、それに準ずる王には金印、以下銀印、銅印なのだ。
どうでも良い国だから銅印(洒落じゃ無いが・・・)
詰まり、太古から支那の皇帝からは半島より、日本の方が数段格上だった歴史的に証明されている。
話が逸れたが、詰まり冊封体制の支那の皇帝と王の関係は、江戸幕府の公方と諸大名より緩い関係であった。
江戸時代など、幕府に否を唱えたら改易、切腹等々がバッシと来たが、支那の冊封はそこまでは出来ない現実問題があった。
ベトナムも銀印を貰う国であったが、フランスに取られてしまったから、清は属国であった朝鮮を一地方に組み込む政策を取った。
それが日清戦争の火種の一つとなっている。
馬鹿チョンは、「日本は強い者に諂い、弱い者を威張る」というが、よく考えろって言いたい!!!
世界最強と言われた清国、ロシア、アメリカ相手にガチンコで戦ったんだぜ!!!
注意!!!「第二次世界大戦の日本の戦争への反省は、何故強い日本が弱いアメリカに負けたのか?である」という話を聞いた・・・
確かに、本来なら開戦後1年で、サンディエゴ、サンフランシスコ、シアトルは取れたな・・・と思える。
まあ、帝国海軍の戦略的なミスとも言えるが・・・
さて、清末期は、今まで押さえていた国が反旗を翻し、日本で勉強をした支那人が本国に帰って革命軍を組織して、8カ国ぐらいの国々が乱舞していたのだ。
そこで、邦人保護とヨーロッパ人保護で日本軍が支那に駐屯することになった。
これが侵略?
満州は日露戦争でロシアより貰った土地であった。
これでも侵略???
昭和20年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し、軍は武装を解除した。
満州から多くの日本人が、ソ連兵や支那乞食兵にレイプされ、惨殺された。
残虐行為をされたのは日本人である。
訊いて欲しいのは、今、憲法9条があるから平和なのではなく、自衛隊があるから平和なのだ。
事実、関東軍が強かったから、満州に秩序があったのだ。
関東軍が武装解除した途端、ソ連兵や支那兵が残虐行為を始めたのだ。
武装解除したら残虐行為、武装解除しなければ平和であったのだ。
さて、今回はこのぐらいにしておこう
つづく
気持ちが悪い事この上ないのは私だけであろうか?
日本のマスゴミも「抗日勝利70周年記念」と馬鹿丸出しだが、抗日って、誰していたの?
まあ、10000歩譲って、抗日していたとしたら蒋介石率いる中華民国(現台湾政府)が言うのならまだしも、後方の山奥に逃げ込んでいた毛沢東が抗日???
村を襲撃していた盗賊行為が、抗日???
治安を維持していたのが帝国軍の関東軍であったが、毛沢東率いる盗賊も関東軍にフルボコされたのを忘れたのか?
支那畜こと中華人民共和国は、昭和24年(戦後4年後)に建国した国なのに、どうやったら大東亜戦争に勝利したというのか?
何故マスゴミはこうした歴史的事実を伝えないのか?
ある支那人は「毛沢東と蒋介石の内戦時代より、よほど日本統治下の方が良かった」と言っているという。
毛沢東は蒋介石を台湾に追い詰め、台湾を制圧しようとしたときに、蒋介石が日本政府に助けを求めた(どの面下げて!!!)
その時、旧帝国陸軍中将根元氏以下を台湾に派遣した。
漁船で漁師に化けて密航したらしい・・・
そして、台湾海峡で毛沢東をフルボコして、尻尾撒いて逃げていったから、今現在台湾が存在している。
実は、我々は世界史でも支那のことをキチンと習っていない。
先ず"中国"という呼称が嘘である。
前にも書いたが、中国、中国人と言ったら山陽山陰地方とそこに住んでいる日本人を指すことばである。
奴らは支那人である。
何が嘘かというと、蒙古だが、蒙古人が南下してきて万里の長城の内側に入ってきた。
そして金を滅ばして元が出来たのは嘘で、南宋、金、蒙古(この頃は元とは言わない)の三国が連立していた。
そして、元を滅ぼして明が出来たわけでも無いのだ!!!
元は元いた北方へ引き上げただけであった。
詰まり滅んでいないからモンゴルが存在しているのだ。
又、清が滅んで中華民国が出来たわけでは無く、清が治めていた国々が独立したのだ。
ここで我々の大きな勘違があるのだが、支那王朝の冊封政策あがあった。
日本も昔漢から"金印"(教科書にも載っている有名な物)を貰っていたが、漢が日本を統治していた訳ではない。
因みにチョンコロは自分たちが支那の弟分で、日本には支那→濊族→日本と文明が伝わったように言うが、奴らは最後まで支那歴代皇帝よりもらった印は銅製であった・・・
皇帝は象牙製の印を使い、それに準ずる王には金印、以下銀印、銅印なのだ。
どうでも良い国だから銅印(洒落じゃ無いが・・・)
詰まり、太古から支那の皇帝からは半島より、日本の方が数段格上だった歴史的に証明されている。
話が逸れたが、詰まり冊封体制の支那の皇帝と王の関係は、江戸幕府の公方と諸大名より緩い関係であった。
江戸時代など、幕府に否を唱えたら改易、切腹等々がバッシと来たが、支那の冊封はそこまでは出来ない現実問題があった。
ベトナムも銀印を貰う国であったが、フランスに取られてしまったから、清は属国であった朝鮮を一地方に組み込む政策を取った。
それが日清戦争の火種の一つとなっている。
馬鹿チョンは、「日本は強い者に諂い、弱い者を威張る」というが、よく考えろって言いたい!!!
世界最強と言われた清国、ロシア、アメリカ相手にガチンコで戦ったんだぜ!!!
注意!!!「第二次世界大戦の日本の戦争への反省は、何故強い日本が弱いアメリカに負けたのか?である」という話を聞いた・・・
確かに、本来なら開戦後1年で、サンディエゴ、サンフランシスコ、シアトルは取れたな・・・と思える。
まあ、帝国海軍の戦略的なミスとも言えるが・・・
さて、清末期は、今まで押さえていた国が反旗を翻し、日本で勉強をした支那人が本国に帰って革命軍を組織して、8カ国ぐらいの国々が乱舞していたのだ。
そこで、邦人保護とヨーロッパ人保護で日本軍が支那に駐屯することになった。
これが侵略?
満州は日露戦争でロシアより貰った土地であった。
これでも侵略???
昭和20年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾し、軍は武装を解除した。
満州から多くの日本人が、ソ連兵や支那乞食兵にレイプされ、惨殺された。
残虐行為をされたのは日本人である。
訊いて欲しいのは、今、憲法9条があるから平和なのではなく、自衛隊があるから平和なのだ。
事実、関東軍が強かったから、満州に秩序があったのだ。
関東軍が武装解除した途端、ソ連兵や支那兵が残虐行為を始めたのだ。
武装解除したら残虐行為、武装解除しなければ平和であったのだ。
さて、今回はこのぐらいにしておこう
つづく