先日、映画"悪の教典"を観た。
主人公の蓮実聖司を伊藤英明が演じていたが、観ていてこの映画は何が言いたかったのか?不明であった。
ネタバレなのでご注意!!!
14歳ぐらいの時に学校の教師を自殺に見せかねて殺し、自分の子供の数々の殺人に終止符を打とうとした両親を、強盗による殺人に見せかけ殺してしまった。
アメリカに渡りそこでも大量殺人をしまくって日本に戻ってきて、学校の教師になっていた。
自分に対抗してくる人間を殺していくのだ。
最後に学校の生徒皆殺しにである。
まあ、学園風景だと、ガキ共が教師を教師と思っていない言動が目に付いた。
教師と生徒は友人では無く、主従関係になければならない。
東西南北にたとえると、親と子、教師と生徒は、北南の関係で、北が主であり南が従である。
友人関係は東と西の関係にあるという。
この風の関係を崩すと、人間関係が悪くなるというのだ。
昨今の教師と生徒の関係は、北と南ではなく東西の関係が多いという。
だからまともな人間に育たないのだ。
ことが起きると学校の責任にする社会と馬鹿親共が問題だ。
いじめの責任って、意味不明である。
教師や学校に責任を負わすならば、体罰を容認する必要がある。
教育には体罰が必要だ。
"躾"漢字を見ても分かるように、"美しい身"と書いて"しつけ"なのだ!!!
人間のガキは動物以下の存在である。
この猿を如何に人間にするかが躾であり、教育である。
その為には体罰だって必要である。
悪い事をしたら"殴る"必要がある。
私と同世代ならば、学校で教師による"体罰"(げんこつ、ピンタ)は当たり前であったはずだ。
では、今その時の教師が目の前に現れたら「よくもやってくれたな」と言うであろうか?
私は「その節はお世話を掛けました」と頭を下げると思うし、怖い先生方こそ記憶に残っており、よい思い出となっている。
この悪の教典だが、私はCATVで観たのだが、これは劇場公開されていたのだ。
いったい誰が、金を払って劇場で観たのであろうか?
ガキか???
ふと頭に思いついたのが、この作品を観て拍手喝采を送ったのは学校の教師であろう・・・
蓮実が校舎内を猟銃で生徒を狩るのだが、生意気な生徒を撃ち殺すシーンを己の生意気な馬鹿生徒と重ね合わせてストレス発散していたのであろう・・・
最近のガキは大人を甘く見ている!!!
高槻の少年少女誘拐拉致殺人事件も、大人を嘗めているから殺されるのだ。
私が小学生の頃、良く後楽園球場に巨人戦を観に行ったが、この時も良く両親から「知らない人と口をきくな」とか「知らない人に付いていくな」と散々言われたし、中学高校時代でも夜中に家を空けることなど考えられなかった!!!
それにあの時代に夜中に出歩いていたら、直ぐに警察に補導されてしまうし・・・
子供は成長過程で有り、中学高校生あたりだと、鳥で言えば巣から出て羽ばたきをするヒナであると言える。
しかし、もし枝だから落ちれば、それは"死"を意味するのだ。
人間だってこの運命から逃れることは出来ない。
だが、少年時代は「大人びた遊び」に憧れる時代で有り、大人の社会とガキの社会が同じだと錯覚をしてしまう年代でもある。
それをどう乗り切るかが重要だと思うが、やはり徴兵制で、がつんと力の教育を受けるべきだと思う。
まあ、何時の時代も子供は背伸びをするものだが、それを押さえるのが大人の役目である。
主人公の蓮実聖司を伊藤英明が演じていたが、観ていてこの映画は何が言いたかったのか?不明であった。
ネタバレなのでご注意!!!
14歳ぐらいの時に学校の教師を自殺に見せかねて殺し、自分の子供の数々の殺人に終止符を打とうとした両親を、強盗による殺人に見せかけ殺してしまった。
アメリカに渡りそこでも大量殺人をしまくって日本に戻ってきて、学校の教師になっていた。
自分に対抗してくる人間を殺していくのだ。
最後に学校の生徒皆殺しにである。
まあ、学園風景だと、ガキ共が教師を教師と思っていない言動が目に付いた。
教師と生徒は友人では無く、主従関係になければならない。
東西南北にたとえると、親と子、教師と生徒は、北南の関係で、北が主であり南が従である。
友人関係は東と西の関係にあるという。
この風の関係を崩すと、人間関係が悪くなるというのだ。
昨今の教師と生徒の関係は、北と南ではなく東西の関係が多いという。
だからまともな人間に育たないのだ。
ことが起きると学校の責任にする社会と馬鹿親共が問題だ。
いじめの責任って、意味不明である。
教師や学校に責任を負わすならば、体罰を容認する必要がある。
教育には体罰が必要だ。
"躾"漢字を見ても分かるように、"美しい身"と書いて"しつけ"なのだ!!!
人間のガキは動物以下の存在である。
この猿を如何に人間にするかが躾であり、教育である。
その為には体罰だって必要である。
悪い事をしたら"殴る"必要がある。
私と同世代ならば、学校で教師による"体罰"(げんこつ、ピンタ)は当たり前であったはずだ。
では、今その時の教師が目の前に現れたら「よくもやってくれたな」と言うであろうか?
私は「その節はお世話を掛けました」と頭を下げると思うし、怖い先生方こそ記憶に残っており、よい思い出となっている。
この悪の教典だが、私はCATVで観たのだが、これは劇場公開されていたのだ。
いったい誰が、金を払って劇場で観たのであろうか?
ガキか???
ふと頭に思いついたのが、この作品を観て拍手喝采を送ったのは学校の教師であろう・・・
蓮実が校舎内を猟銃で生徒を狩るのだが、生意気な生徒を撃ち殺すシーンを己の生意気な馬鹿生徒と重ね合わせてストレス発散していたのであろう・・・
最近のガキは大人を甘く見ている!!!
高槻の少年少女誘拐拉致殺人事件も、大人を嘗めているから殺されるのだ。
私が小学生の頃、良く後楽園球場に巨人戦を観に行ったが、この時も良く両親から「知らない人と口をきくな」とか「知らない人に付いていくな」と散々言われたし、中学高校時代でも夜中に家を空けることなど考えられなかった!!!
それにあの時代に夜中に出歩いていたら、直ぐに警察に補導されてしまうし・・・
子供は成長過程で有り、中学高校生あたりだと、鳥で言えば巣から出て羽ばたきをするヒナであると言える。
しかし、もし枝だから落ちれば、それは"死"を意味するのだ。
人間だってこの運命から逃れることは出来ない。
だが、少年時代は「大人びた遊び」に憧れる時代で有り、大人の社会とガキの社会が同じだと錯覚をしてしまう年代でもある。
それをどう乗り切るかが重要だと思うが、やはり徴兵制で、がつんと力の教育を受けるべきだと思う。
まあ、何時の時代も子供は背伸びをするものだが、それを押さえるのが大人の役目である。