8月15日の終戦記念日に靖国神社へ詣でる人が増えてきたという。
それも若者が増えていることが望ましい。
私は、15日は混むと予想して10日に詣でた。
私の伯父が奉られているため、伯父上に御挨拶も兼ねてである。
その前に、ちょっと話がずれるが、世の中主婦のパートが大勢いることはご存じだと思う。
彼女らは得てして優秀である。
仕事の責任感やこなす能力もそこらの若者よりもよほど優れている。
しかし、多くの主婦パートの人達は、「今年はこれ以上働けません」とは「一日4時間しか駄目です」となる。
その理由は、所得税の控除である。
詰まり、税金を払いたくないから、これ以上働くと夫婦合算になって税金が大変になるのだ。
詰まり、国の馬鹿な税法の為に、有能な働き手が働けないでいる。
ここを改正すれば良いと思うのだが。
詰まり所得税の特別減税は、夫の年収が大体1200万円以下であることが条件であるが、これなら夫婦合算して2で割った額の税率にしてやれば良いだけだ。
これで優秀な労働力を国家が得ることが出来るのだ!!!
とにかく、無知無能な官僚は、国家の税収(確定分)至上主義なのだ。
"捕らぬ狸の皮算用"が好きなのだ。
「消費財率を上げれば消費税収が増える・・・」とソロバンをはじくが結果は、景気低迷を招き、税収減なのだ・・・
今期も思ったよりGDP成長が駄目だったと報道があった。
これなら消費税率引き下げを行えば、GDPが驚くほど成長するのは計算が出来る経済学者ならば分かりきっている事である。
さて、世の貧乏人(似非貧乏)も所得税を払わずに、生活保護を受けようとしている輩も多いが、これって私に言えば自らの権利の放棄である。
実は"税金を払う権利"も存在している。
「これだけ税金を払っているのだから、一言言わせろ!!!」的な事が堂々と言えるのだ。
"税金を払わない=払えない"では、一人前の人間と呼べるのか?
いい大人がこれでは、はな垂れガキと同じでは無いか?
だから、税金を払わないことは恥ずかしいことと自覚すべきである。
但し、節税は大切だが・・・
話を戻すと、靖国神社には240万以上の英霊が奉られている。
しかし、我々がどんなに願っても、今のままではここに奉られることは出来ない。
国家に命を捧げた者のみに与えられる栄誉であると言える。
私の伯父も4人が帝国軍人であったが、ビルマで玉砕された一人を除いては靖国神社に奉られないのだ。
"国家に命を捧げる"って凄いことである。
時代もあるが、今、どんなに国家に命を捧げたくてもその機会が与えられないのだ。
「人は必ず死ぬ」これだけがこの世で唯一確実な事実である。
悪戯に無駄な命を長らえ、病院のベッドで管に繋がれて無駄に生きているだけの人生と、天下国家の為に命を捧げるのとどちらが良いのか?
まもなく第三次世界大戦勃発が危惧されているが、こうなると70何年ぶりに奉られるであろうが、その時も英霊として我々が迎え入れる心積もりが大切である。
もし戦争になり私も徴兵されれば(パイロットには年齢による徴兵免除は無い)喜んでいくつもりである。
余談だが、安保法案反対派が如何に馬鹿なことを言っているかを解説したい。
この世には自然法という法概念がある。
これはどんな法、憲法より強い法である。
ないか?
例えば、駅で電車を待っているとき、後ろから人がぶつかってきて、倒れそうになって周りの人にしがみついてしまう。
結果その人が線路に落ちて電車にはねられても、しがみついた人を罰することは出来ない。
人間として危機回避の本能が動くからである。
例えば、憲法で「前から来る車を避けてはならない」と決まっていても、前から車が来れば人は必ず車を交わすはずだ!!!
これが自然法である。
では、国家はどうだ?
戦争をしかけられたら、防御するのは当たり前である。
何故なら人が生きていく権利を害されれば、それを取り除くのは自然法から見て当然のことであるからだ。
もし友人と道を歩いていて、友人が話しに夢中になっているとき、友人が車にぶつかりそうになったら、彼の上を引いて危機回避させないか?
これが集団的自衛権である。
「俺は集団的自衛権反対だから・・・」と言って友人を見殺しにする奴がいるであろうか?
是非共産党員やその支持者はそうして欲しい。
集団的自衛権反対の手本を我々に示して欲しいものだ!!!
それも若者が増えていることが望ましい。
私は、15日は混むと予想して10日に詣でた。
私の伯父が奉られているため、伯父上に御挨拶も兼ねてである。
その前に、ちょっと話がずれるが、世の中主婦のパートが大勢いることはご存じだと思う。
彼女らは得てして優秀である。
仕事の責任感やこなす能力もそこらの若者よりもよほど優れている。
しかし、多くの主婦パートの人達は、「今年はこれ以上働けません」とは「一日4時間しか駄目です」となる。
その理由は、所得税の控除である。
詰まり、税金を払いたくないから、これ以上働くと夫婦合算になって税金が大変になるのだ。
詰まり、国の馬鹿な税法の為に、有能な働き手が働けないでいる。
ここを改正すれば良いと思うのだが。
詰まり所得税の特別減税は、夫の年収が大体1200万円以下であることが条件であるが、これなら夫婦合算して2で割った額の税率にしてやれば良いだけだ。
これで優秀な労働力を国家が得ることが出来るのだ!!!
とにかく、無知無能な官僚は、国家の税収(確定分)至上主義なのだ。
"捕らぬ狸の皮算用"が好きなのだ。
「消費財率を上げれば消費税収が増える・・・」とソロバンをはじくが結果は、景気低迷を招き、税収減なのだ・・・
今期も思ったよりGDP成長が駄目だったと報道があった。
これなら消費税率引き下げを行えば、GDPが驚くほど成長するのは計算が出来る経済学者ならば分かりきっている事である。
さて、世の貧乏人(似非貧乏)も所得税を払わずに、生活保護を受けようとしている輩も多いが、これって私に言えば自らの権利の放棄である。
実は"税金を払う権利"も存在している。
「これだけ税金を払っているのだから、一言言わせろ!!!」的な事が堂々と言えるのだ。
"税金を払わない=払えない"では、一人前の人間と呼べるのか?
いい大人がこれでは、はな垂れガキと同じでは無いか?
だから、税金を払わないことは恥ずかしいことと自覚すべきである。
但し、節税は大切だが・・・
話を戻すと、靖国神社には240万以上の英霊が奉られている。
しかし、我々がどんなに願っても、今のままではここに奉られることは出来ない。
国家に命を捧げた者のみに与えられる栄誉であると言える。
私の伯父も4人が帝国軍人であったが、ビルマで玉砕された一人を除いては靖国神社に奉られないのだ。
"国家に命を捧げる"って凄いことである。
時代もあるが、今、どんなに国家に命を捧げたくてもその機会が与えられないのだ。
「人は必ず死ぬ」これだけがこの世で唯一確実な事実である。
悪戯に無駄な命を長らえ、病院のベッドで管に繋がれて無駄に生きているだけの人生と、天下国家の為に命を捧げるのとどちらが良いのか?
まもなく第三次世界大戦勃発が危惧されているが、こうなると70何年ぶりに奉られるであろうが、その時も英霊として我々が迎え入れる心積もりが大切である。
もし戦争になり私も徴兵されれば(パイロットには年齢による徴兵免除は無い)喜んでいくつもりである。
余談だが、安保法案反対派が如何に馬鹿なことを言っているかを解説したい。
この世には自然法という法概念がある。
これはどんな法、憲法より強い法である。
ないか?
例えば、駅で電車を待っているとき、後ろから人がぶつかってきて、倒れそうになって周りの人にしがみついてしまう。
結果その人が線路に落ちて電車にはねられても、しがみついた人を罰することは出来ない。
人間として危機回避の本能が動くからである。
例えば、憲法で「前から来る車を避けてはならない」と決まっていても、前から車が来れば人は必ず車を交わすはずだ!!!
これが自然法である。
では、国家はどうだ?
戦争をしかけられたら、防御するのは当たり前である。
何故なら人が生きていく権利を害されれば、それを取り除くのは自然法から見て当然のことであるからだ。
もし友人と道を歩いていて、友人が話しに夢中になっているとき、友人が車にぶつかりそうになったら、彼の上を引いて危機回避させないか?
これが集団的自衛権である。
「俺は集団的自衛権反対だから・・・」と言って友人を見殺しにする奴がいるであろうか?
是非共産党員やその支持者はそうして欲しい。
集団的自衛権反対の手本を我々に示して欲しいものだ!!!