「ルネッサーんす!!!」というギャクが数年前に流行った。
「これは日本のルネッサンスだ」的な事を奴らもいるが、日本の歴史にルネッサンスはない。

そもそもルネッサンスとは、古代回帰である。
ヨーロッパの野蛮人が目指した古代とは、"グレコ・ローマン"詰まり、古代ギリシアや古代ローマ帝国であった。
まあ、美術を見ても明らかで、レオナルド・ダビンチやミケランジェロの絵画彫刻を見ても分かるように、紀元前600年とかに憧れていた。

何故、彼らは古代に憧れていたのか?
それは、中世が"暗黒"だからである。
暗黒どころで無く、ブラック!!!! どす黒いぐらいの暗黒時代であった!!!

古代ローマン人の作った石の橋を「こんな立派な橋は悪魔が作ったにちがいない!!!」の時代である。
キリスト教、ローマカトリックがヨーロッパに君臨していていた暗黒時代!!!
女性とみれば拷問して、彼女らの財産を没収して、レイプしまくって飽きたら火炙りの時代である。
そう、"魔女狩り"を初めとして、教会に盾突く輩は全て抹殺であった。
そんな野蛮人からは、古代が光り輝いていたのであろう・・・

日本は時代が進むにつれて良い時代になってきたし、領主が無闇に領民を殺したりしていなかった・・・
戦国時代の戦いにもルールがあった・・・

さて、中世のフランスで有名な少女がいた。
ジャンヌダルクである。
彼女はフランスをイギリスから救った英雄であったが、イギリス軍に捕まり、火刑となって死んだ。
では、彼女の罪はご存じか?
いくら何でも無罪の少女を火刑にはできない。
イギリス軍を負かしたからか?
答えは"直接神と対話した罪"である。
神との対話は教会だけの特権であって、一般市民は神との対話は死罪である。
"神-教会-人"の繋がりなのだ。
もし、一般人が神と直接対話したら、教会の存在価値がなくなるからである。
何処にも既得権に捕らわれた組織はあるものだ。
その教会(ローマカトリック教会)に公然と反旗を翻したのが、プロテスタントを作ったマルチン・ルターであった。

余談だが、"大航海時代"と呼ばれた時代があった。
16世紀でスペイン、ポルトガル、そしてオランダが海へ出て行ったのだ。
しかし、何故海に出たのか?である。

皆、インドを目指したのは有名である。
香辛料や宝石がインドにはあったからである。
しかし、陸路でヨーロッパからインドを目指すと、なんとオスマントルコが鎮座していて、ヨーロッパが束になって掛かってもトルコに刃が立たなかった。
だから、スペインは大西洋を西へ行くしかなかったのだ。
アフリカ周りの航路はポルトガルが握っていた。

だから、何処の馬の骨か分からないコロンブスとかいうイタリア生まれの貧乏人に、船と乗組員を提供したのがスペインの女王イザベラであった。
実はコロンブスはアメリカ大陸へは行っていなかった。
彼が辿り着いたのは、今のキューバであった。
しかし、彼はインドだと信じていたから、胡椒を持って帰った唐辛子を「これが胡椒だ」と言い張った。
だから現在英語で唐辛子を"レッド・チリ・ペッパー"と言うのだ。

18世紀になると、ヨーロッパの王朝文化も花開きだし、"戦争"のルールが作られた。
戦争とは文明国同士の決闘である。
決闘とはリンチと違ってルールがある。
この当時の戦争とは国王同士の実戦チェスである。
大勢の見物客もいたらしく、この見物客の攻撃は反則なのだ。
しかし、中世の宗教戦争とは違って、"皆殺し"はなく、「資金が尽きたら負け」的な落とし処のルールがあった。

中世の宗教戦争は、異端者の皆殺しで終わる。
だから、織田信長の比叡山焼き討ちは、宗教戦争なのだ。
生臭坊主とその妾、その子を御仏に代わって仏罰を当てているだけなのだ。

この前、友人から「何故豊臣秀吉や徳川家康は、敵を全滅させないで降伏を受け入れたのか?」という質問があった。
去年、USAの家にプレステーション4を持っていった。
"信長の野望"に填まったが、これで分かるが、敵を全て潰して、敵武将を皆殺しにしていったら、城を統治する人材不足になるのだ。
自分の領地が小さな時は、最初からいる家臣だけで良いのだが、周りを征服していくととにかく人材不足に悩まされる。
だから優秀な敵将は、味方にするとよく働くのだ。
実際にもそうだと思う。

日本は広い!!! 優秀な人材は大勢いるのだ。
だから、敵だからと言って殺すよりは、軍門に降れば適材適所で使っていく方が結局はこちらのためになる。
情けは人のためならずである。

日本史と世界史を区別する必要は無く、と言うより区別出来ない。
歴史を知れば、未来が見えてくるのだ。
正に歴史はロマンである。