古代ギリシアのゼノンのパラドックスから来ているらしい。
簡単に説明すると、アキレスと亀が短距離走を競争するとする。
仮に100㍍を早くゴールした方が勝ちであるが、アキレスと亀ではハンデが必要なので、亀は50㍍手前からスタートする。
この時のアキレスと亀の距離は50㍍で、その中間は25㍍である。
いざ競争が始まると、アキレスと亀の距離が10㍍となる。
その中間は5㍍、次に距離が2㍍になるとその中間は1㍍、10㎝になれば5㎝、1㎜なれば0.5㎜となる。
詰まり常にアキレスと亀の間には中間地点が存在するために、永遠にアキレスと亀を抜くことが出来ないという論法である。
一見正しいのだが、これが所謂現在の自衛隊違憲、集団的自衛権は違憲の論法と同じなのだ。
「集団的自衛権を認めると日本は戦争する国家となる」なのだ。
さて、このアキレスと亀の論法だが、誰でも間違っていることは分かっている。
何故から、亀と競争すれば、人は誰だって亀より速く歩けるからである。
ここは正に、自衛隊の存在は憲法9条違反なのは国民は皆知っているが、同時に自衛隊の大切さ、必要不可欠さも理解している。
災害が起これば、自衛隊の活躍無くしては、被害者を助け出すことが出来ないことも知っている。
だから、自衛隊の存続の否を唱える日本人はいないのだ(左や反日日本人を除く)
アキレスと亀の論法の間違いは、前の論法はスタートしてからアキレスが亀に追いつくまでの話で、実際には追いつき併走し、そして抜き去っていく点を論じていないのだ。
だから、この論法は間違っているのだ。
現実社会を生きている我々は、国土防衛が不可欠である。
そして、資源の多くを輸入に依存しているので、その海上輸送シーレーンの防衛は不可欠なのだ。
世界中に散らばっている日本人200万人以上の生命を守ることも日本政府の義務である。
集団的自衛権を認めれば戦争をする国になる!!!は、このアキレスと亀の論法であって、実際には戦争をするには相手が必要であり、日本の国益や日本人の生命と財産を脅かす他国があればそれを攻撃出来なければ意味が無いのだ!!!
私は自衛隊を設立した時点で、軍隊の持つべき権利と義務を有していると考える。
言葉遊びで「自衛隊は軍隊で無い」というならば、個人でミサイルや戦闘機、戦車、イージス艦を所有出来るのか?
そういった兵を持ている組織を世界では"軍隊"と呼ぶのだ。
国連で認めている国際法に基づいた軍事行動が出来るのは当たり前の話だ。
専守防衛というのならば、キチガイ得亜が日本の大都市にミサイルを撃つと分かってもそのミサイル基地を攻撃出来ないのであれば意味が無いではないのか?
日本人が10万人死んで初めて反撃が出来るなどあり得ない話である。
自衛隊は災害時に活躍してくれているが、災害を起こした主体者が自然であれば仕方がないが、人的災害であれば反撃ないし二次攻撃を阻止するであろう。
又国際化の昨今、一国のみでの対応など出来ないのだ。
だからこそ仲間と戦うのは当たり前の話である。
考えて欲しいのだが、国家として正のはどちらか?
憲法を遵守して国民が死ぬのか、憲法を破ってでも国民の生命と財産を守っているのとどちらの国よいのか?
民主党や共産党は、もし集団的自衛権が違憲であれば、何故憲法改正が前だろう!!!と言わないのか?
馬鹿な御用学者を連れてきて「違憲です」と言わせて、それが何か?である。
違憲ならば、自衛隊を解散させるのか、憲法を改正して国防軍とするのかをと国民に問うて見れば良いと思う。
この憲法9条問題は私が小学生の頃から下らない議論を続けている。
ならば一層のこと憲法改正を一日も早くすべきであろう・・・
くだらないトンチ論争をしている間にも、支那、朝鮮が日本を敵国として領土を狙っているではないか?
どうするのか?
頑張れ日本!!!
簡単に説明すると、アキレスと亀が短距離走を競争するとする。
仮に100㍍を早くゴールした方が勝ちであるが、アキレスと亀ではハンデが必要なので、亀は50㍍手前からスタートする。
この時のアキレスと亀の距離は50㍍で、その中間は25㍍である。
いざ競争が始まると、アキレスと亀の距離が10㍍となる。
その中間は5㍍、次に距離が2㍍になるとその中間は1㍍、10㎝になれば5㎝、1㎜なれば0.5㎜となる。
詰まり常にアキレスと亀の間には中間地点が存在するために、永遠にアキレスと亀を抜くことが出来ないという論法である。
一見正しいのだが、これが所謂現在の自衛隊違憲、集団的自衛権は違憲の論法と同じなのだ。
「集団的自衛権を認めると日本は戦争する国家となる」なのだ。
さて、このアキレスと亀の論法だが、誰でも間違っていることは分かっている。
何故から、亀と競争すれば、人は誰だって亀より速く歩けるからである。
ここは正に、自衛隊の存在は憲法9条違反なのは国民は皆知っているが、同時に自衛隊の大切さ、必要不可欠さも理解している。
災害が起これば、自衛隊の活躍無くしては、被害者を助け出すことが出来ないことも知っている。
だから、自衛隊の存続の否を唱える日本人はいないのだ(左や反日日本人を除く)
アキレスと亀の論法の間違いは、前の論法はスタートしてからアキレスが亀に追いつくまでの話で、実際には追いつき併走し、そして抜き去っていく点を論じていないのだ。
だから、この論法は間違っているのだ。
現実社会を生きている我々は、国土防衛が不可欠である。
そして、資源の多くを輸入に依存しているので、その海上輸送シーレーンの防衛は不可欠なのだ。
世界中に散らばっている日本人200万人以上の生命を守ることも日本政府の義務である。
集団的自衛権を認めれば戦争をする国になる!!!は、このアキレスと亀の論法であって、実際には戦争をするには相手が必要であり、日本の国益や日本人の生命と財産を脅かす他国があればそれを攻撃出来なければ意味が無いのだ!!!
私は自衛隊を設立した時点で、軍隊の持つべき権利と義務を有していると考える。
言葉遊びで「自衛隊は軍隊で無い」というならば、個人でミサイルや戦闘機、戦車、イージス艦を所有出来るのか?
そういった兵を持ている組織を世界では"軍隊"と呼ぶのだ。
国連で認めている国際法に基づいた軍事行動が出来るのは当たり前の話だ。
専守防衛というのならば、キチガイ得亜が日本の大都市にミサイルを撃つと分かってもそのミサイル基地を攻撃出来ないのであれば意味が無いではないのか?
日本人が10万人死んで初めて反撃が出来るなどあり得ない話である。
自衛隊は災害時に活躍してくれているが、災害を起こした主体者が自然であれば仕方がないが、人的災害であれば反撃ないし二次攻撃を阻止するであろう。
又国際化の昨今、一国のみでの対応など出来ないのだ。
だからこそ仲間と戦うのは当たり前の話である。
考えて欲しいのだが、国家として正のはどちらか?
憲法を遵守して国民が死ぬのか、憲法を破ってでも国民の生命と財産を守っているのとどちらの国よいのか?
民主党や共産党は、もし集団的自衛権が違憲であれば、何故憲法改正が前だろう!!!と言わないのか?
馬鹿な御用学者を連れてきて「違憲です」と言わせて、それが何か?である。
違憲ならば、自衛隊を解散させるのか、憲法を改正して国防軍とするのかをと国民に問うて見れば良いと思う。
この憲法9条問題は私が小学生の頃から下らない議論を続けている。
ならば一層のこと憲法改正を一日も早くすべきであろう・・・
くだらないトンチ論争をしている間にも、支那、朝鮮が日本を敵国として領土を狙っているではないか?
どうするのか?
頑張れ日本!!!