私の嫌いな戦国武将に真田幸村がいる。
天才武将で「徳川家康公を追い詰めた」ことになっているが、実は真田幸村は、実在しておらず、江戸時代の"軍記小説"に出てきた登場人物である。
真田幸村のモデルとなった武将は実在し、その名は真田信繁という。
果たして、本当に真田信繁は大阪方として戦ったのか?
私は徳川方のスパイであったと思うが・・・
何故か?
答えはその後の幕府からの真田家への厚遇から推測が付く・・・
戦国時代、一豪族に過ぎなかった真田家が、名門大名家として信州上田と松代に拝領し、明治まで存続している。
それと、徳川腹心の証は、関ヶ原の戦いにおいて徳川精鋭部隊3万が、真田の罠にはまり若き総大将徳川秀忠公を上田で足止めしたことになっている。
これもフェイクであるといえる!!!
家康公は、関ヶ原の戦いとそれ以降の政争に是が非でも無傷の3万が必要であったからだ。
しかし、もし意図的に3万を関ヶ原に投入しなかったら、諸大名家から不平不満が出たはずだが、若き総大将が天下の真田に苦戦したとなれば、誰も疑わなかったのだと思う・・・
もし、本当に徳川家に逆らっていたら、一族郎党すべて殺されていたに違いない・・・
余談だが、秀忠公の時代、日本史で習った外様大名家と大御所様と上差は実は仲が良かったのだ!!!
諸大名の屋敷にお忍びで遊びに行って、酒を飲んだり食事をしたりしている。
お昼寝ともなれば、添い寝の女性も付けていた。
そうして生まれた和子(まさこ)姫は、新潟県の長岡を創った殿様堀直寄公の女中に秀忠公のお手が付いて生まれた姫である。
この和子姫が皇室へ嫁いだのだ。
又々余談であるが、現皇太子妃雅子妃殿下も、元は堀家の家臣筋でる事を考えると、堀家から皇室へ二人の女性がそれも字こそ違え同じ"まさこ"なのである!!!
歴史の面白さが覗える・・・
さて、真田幸村だが、実は家康公は幸村の設置した地雷によって死んだ説もあるが、そもそも家康公は一人で出歩かないから!!!
であるし、最後、幸村は家康公の本陣まで馬で切り込んだことになっているが、それも作り話である。
想像してみて欲しい!!!
家康公の周りには3万の軍勢がいた。
この3万人だが、東京マラソンの参加者と同じ規模である。
マラソンスタート時のランナーの数の多さを考えてみて、あそこに馬100頭の騎馬武者が突っ込んだとして、最後尾までたどり着けるか?
家康公の周りにはランナーで無く百戦錬磨の兵士だし、槍も刀も持っている。
突っ込むどころか、実際には近寄れなかったはずだ!!!
まあ、江戸時代の軍記小説だから神君公がピンチになれねば、読者も手に汗握れなかったから、その点の創作であったと思う。
ここで問題なのが、真田幸村は「家康の首を取れば勝ち」というが、これでは単なる"テロリスト"と同じである。
神君公がもし戦死していたら、せっかく平和が来ているのに、又戦国時代に逆戻りしてしまう!!!
これは現在の野党と同じであって、安倍政権に反対ならば反対政策を出すべきで、政府の出す政策に全て反対!!というだけならば、テロリストと何も変わらない・・・
ああ、民主党のバックがテロ集団だった・・・(興味ある人は是非ググって欲しい・・・恐ろしい事実が判るはずである)
ここで面白いのは、源義経、真田幸村、彼らに共通するのは天才的戦術家であることだ。
しかし、戦争は戦術できは勝てずに、戦略によって勝敗は決するのだ。
ここで言う戦略家は、源頼朝であり徳川家康である。
彼らには明確なビジョンがあって、そのビジョンに向かって進んでいるから、戦術家は戦略家にことごとく負けているのだ!!!
これが前年ながら歴史である。
これは現代にも言えることで、仕事でもそうだが会社の中長期計画を明確に打ち出せば、営業に一つや二つの失敗など問題のならないのだ。
重要なのは、戦略であるこの中長期計画を立案出来るかどうかである。
安倍首相の戦略は、来る第三次世界大戦(そう遠くは無く起こるであろう)に日本が勝つことである。
その為に、集団的自衛権から始まり憲法改正まで視野に入れている。
温故知新である。
故きを温ねて新しきを知る!!!
歴史を学ばない愚か者は滅びるのみであろう。
天才武将で「徳川家康公を追い詰めた」ことになっているが、実は真田幸村は、実在しておらず、江戸時代の"軍記小説"に出てきた登場人物である。
真田幸村のモデルとなった武将は実在し、その名は真田信繁という。
果たして、本当に真田信繁は大阪方として戦ったのか?
私は徳川方のスパイであったと思うが・・・
何故か?
答えはその後の幕府からの真田家への厚遇から推測が付く・・・
戦国時代、一豪族に過ぎなかった真田家が、名門大名家として信州上田と松代に拝領し、明治まで存続している。
それと、徳川腹心の証は、関ヶ原の戦いにおいて徳川精鋭部隊3万が、真田の罠にはまり若き総大将徳川秀忠公を上田で足止めしたことになっている。
これもフェイクであるといえる!!!
家康公は、関ヶ原の戦いとそれ以降の政争に是が非でも無傷の3万が必要であったからだ。
しかし、もし意図的に3万を関ヶ原に投入しなかったら、諸大名家から不平不満が出たはずだが、若き総大将が天下の真田に苦戦したとなれば、誰も疑わなかったのだと思う・・・
もし、本当に徳川家に逆らっていたら、一族郎党すべて殺されていたに違いない・・・
余談だが、秀忠公の時代、日本史で習った外様大名家と大御所様と上差は実は仲が良かったのだ!!!
諸大名の屋敷にお忍びで遊びに行って、酒を飲んだり食事をしたりしている。
お昼寝ともなれば、添い寝の女性も付けていた。
そうして生まれた和子(まさこ)姫は、新潟県の長岡を創った殿様堀直寄公の女中に秀忠公のお手が付いて生まれた姫である。
この和子姫が皇室へ嫁いだのだ。
又々余談であるが、現皇太子妃雅子妃殿下も、元は堀家の家臣筋でる事を考えると、堀家から皇室へ二人の女性がそれも字こそ違え同じ"まさこ"なのである!!!
歴史の面白さが覗える・・・
さて、真田幸村だが、実は家康公は幸村の設置した地雷によって死んだ説もあるが、そもそも家康公は一人で出歩かないから!!!
であるし、最後、幸村は家康公の本陣まで馬で切り込んだことになっているが、それも作り話である。
想像してみて欲しい!!!
家康公の周りには3万の軍勢がいた。
この3万人だが、東京マラソンの参加者と同じ規模である。
マラソンスタート時のランナーの数の多さを考えてみて、あそこに馬100頭の騎馬武者が突っ込んだとして、最後尾までたどり着けるか?
家康公の周りにはランナーで無く百戦錬磨の兵士だし、槍も刀も持っている。
突っ込むどころか、実際には近寄れなかったはずだ!!!
まあ、江戸時代の軍記小説だから神君公がピンチになれねば、読者も手に汗握れなかったから、その点の創作であったと思う。
ここで問題なのが、真田幸村は「家康の首を取れば勝ち」というが、これでは単なる"テロリスト"と同じである。
神君公がもし戦死していたら、せっかく平和が来ているのに、又戦国時代に逆戻りしてしまう!!!
これは現在の野党と同じであって、安倍政権に反対ならば反対政策を出すべきで、政府の出す政策に全て反対!!というだけならば、テロリストと何も変わらない・・・
ああ、民主党のバックがテロ集団だった・・・(興味ある人は是非ググって欲しい・・・恐ろしい事実が判るはずである)
ここで面白いのは、源義経、真田幸村、彼らに共通するのは天才的戦術家であることだ。
しかし、戦争は戦術できは勝てずに、戦略によって勝敗は決するのだ。
ここで言う戦略家は、源頼朝であり徳川家康である。
彼らには明確なビジョンがあって、そのビジョンに向かって進んでいるから、戦術家は戦略家にことごとく負けているのだ!!!
これが前年ながら歴史である。
これは現代にも言えることで、仕事でもそうだが会社の中長期計画を明確に打ち出せば、営業に一つや二つの失敗など問題のならないのだ。
重要なのは、戦略であるこの中長期計画を立案出来るかどうかである。
安倍首相の戦略は、来る第三次世界大戦(そう遠くは無く起こるであろう)に日本が勝つことである。
その為に、集団的自衛権から始まり憲法改正まで視野に入れている。
温故知新である。
故きを温ねて新しきを知る!!!
歴史を学ばない愚か者は滅びるのみであろう。