"濊(ワイ)族"という言葉をご存じか?
濊族とは古代支那人が呼んだ現朝鮮人を指し、顔が平べったく、エラが張っていて、目がつり上がっている民族である。
元々は満州地方にいたらしいが、女真族にでも追われて半島に逃げ込んできた一派らしい・・・
本来はノ木偏の"穢"が正しいらしいが、氵の濊はもっと卑しい字らしい。
邪馬台国もそうだが、昔から支那人の不遜な態度が鼻につくのは私だけであろうか?
邪馬台国を日本語読みをするから"やまたいこく"なのだが、古代支那発音だと"やまど"という音になるのだ。

さて、濊の意味だがこれは"糞尿"である。
まあ、糞尿食いが朝鮮人であったから、奇しくも当たってはいるが・・・

問題は、その当時の半島南半分は倭国であった事実である。
この倭国の倭人が百済、高句麗を建国した。
そして、百済、高句麗両国王は、長男(王太子)を大和朝廷に人質として差し出していたのだ!!!!

あるとき新羅の王子が日本から新羅に帰るときに、朝廷を裏切って百済を攻めた。
これに怒った朝廷は、新羅に三万の兵を送った。(現代だと600万人の兵力に相当する)
これに驚いた新羅が唐と連合して、日本・百済連合軍対唐・新羅連合軍の戦が、天智二年の白村江の戦い(663年)である。
ここで何故唐は新羅と連合したのかといと、唐は高句麗と何度か戦をしたがこっぴどく負けていたので、新羅と同盟を組み高句麗を南北で挟み撃ちにしたかったのだ。

さて、ここで納得なのだが、前に中大兄皇子と大海人皇子について記述したが、この兄弟は史実では中大兄皇子が兄であるが、事実は大海人皇子が兄らしいが、何故兄が天皇になれなかったのか?
それは大海人皇子が百済系王家の血であったからでる。
しかし、百済王家は元々は天皇家の血筋であるから・・・

そして、百済から多くの人々が日本に逃げてきたが、問題は何故言葉が大丈夫であったのか?と疑問に思った人も多いと思ったが、百済、新羅は大和民族であったので当然言葉は日本語であったはずである。
これで納得である。

ああ、スッキリして良い朝を迎えられた。